ウクライナの「中立」が持つ三十年の意味について…
ゼレンスキー大統領の口から「ウクライナの中立」についてロシア側と協議する考えがあるという発言があったと伝えられている。この「中立」の意味について、2000年に北大スラヴ研の会誌に掲載された論文をウェブ上で偶然見付けて読み、よく分かる所があったので記しておく。「ウクライナとNATOの東方拡大」、藤森信吉
ソ連を構成していたウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国最高会議で、1990年に採択された「主権宣言」は、同国の恒久的な中立、軍事非同盟と非核三原則を謳った。この中立・非核を前提として、独立したウクライナは、露英米仏中の核保有五カ国から、安全保障確約を受けた。
ウクライナにとっての中立は、近い将来にロシアを含むヨーロッパ全体の安全保障体制が成り立つという見通しを前提とし、ロシアと NATO の協力が進むのに従って、その仲を取り持ちながら加わっていくという構想を持っていたようだ。これは旧ソ連諸国の政経自由化が進んでいくという状況の中で、政策を規定する力を持つものだった。
ウクライナは歴史的経緯や地理政治学的状況から微妙な位置にあり、中立という命題は内外両面で重要な意味を持った。しかしロシアと欧米の関係が期待したように進まなければ、どのように中立でありうるかが難しい問題となり、政治的不安を醸すことになる。
この不安を解消しようとしてどちらかに傾くと、内外両面に亀裂を作る結果は避けられない。親米的なゼレンスキー政権が成立し、ウクライナが NATO に加盟するということは、安全保障確約の前提となった中立・非核を破ることになる。約束を破られるのは英米仏も同じことなのだが、好都合だから何も言わない。ロシアにとっては約束が違うということで、鼻先に核兵器を突き付けられる可能性が軍事行動の動機として与えられることになる。
このことから「中立」というのは「露宇関係の原点に戻って話し合おう」という意味として捉えることが出来る。ただし「中立」を条件とする和平が成立したとしても、NATO の拡大が進んだ現状でそれがどのように保たれうるかはなお困難な問題として残されるだろう。