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ラジオ/ワールドバンドラジオのことを語る

TECSUN PL-880 とデジタル IC 世代のラジオ製造

TECSUN PL-880 は東莞市徳生通用電器製造有限公司が、その創業二十周年を期して2013年末に発売したワールドバンドラジオです。手許では一年ほど前に円安の時勢にしては割安な価格で入手することができました。ラジオライフ誌が「ソニーを超えた」と高く評価するその実力はどうでしょうか。

ソニーに代表される日本のラジオは、自動車と並んで戦後日本の主要な輸出品目となった時期もあり、黄金期ともいえる'70〜'80年代の高級機は今でも世界のラジオマニアからの高い評価を保っています。そんな時代の日本製品に憧れて育った中国の収音機愛好家も改革開放の波に乗って、自ら企業を起こして高性能ラジオの国産化を志すようになります。

1994年に徳生を創業した梁偉氏も相当のラジオおたくらしく、そのためか TECSUN の産品には良いものを造りたいというだけではないような、妙な情熱が感じられます。そんな徳生が二十周年記念商品としてかなり力を入れて開発し、まず2013年12月に輸出向け、翌年2月に内需向けという異例の二段階発売をしたのが PL-880 です。

PL-880 に限らず、多くの中華ラジオの性能の良さを支えているのは、米シリコンラボ社のデジタル IC です。この点からいえば、ソニーがラジオ用のアナログ IC を自社で製造していたのと比べて、肩を並べたとはまだ言えないかもれません。しかし、同じ IC を使えばそだけで同じ性能のものができるわけはないことも事実です。

日本企業はアナログ時代の技術に優れていたために、家庭向けラジオではかえってデジタル技術の採用で後れをとっています。近年の製品はデジタル IC を搭載しながら、旧来のアナログ機と同様の機能と操作性を再現しようとしたものが多く、デジタル技術の利点を活かしきったものは打ち出せていないのが現状です。

今日ではアナログ時代に先行したことは必ずしも利点とはならず、デジタル IC ラジオでは中国企業のほうが一日の長を持っているのです。

PL-880 の受信回路は、アナログな周波数変換器とデジタル IC を組み合わせたもので、その性能については定評があるのでここでは重複を避けることにして、音響設計について述べようと思います。

PL-880 のスピーカーは仕様表には直径40mmとあり携帯機なみの小ささで、本体の大きさからすると半径の間違いではないかと思われるほどですが、実際に電源を入れてみるとその数値からは想像できないような音が響きます。音の広がり、強さ、厚みは、この大きさを超えたものです。

これはどうなっているのか? 実は40mmのコーンは本体正面左半の下寄りに付けられていて、その上に割り合い大きい楕円形のドロンコーンがあって音を増幅するようになっているようです。ドライバやコーンそのものもおそらく従来より改良されたものだと思われ、本体にやや厚みを持たせたことと合わせて、大きさを超えた音を実現しえたように考えられます。良い音を出すにはコーンの大きさに及ぶものはないという常識を、下積みと工夫で覆しています。

このスピーカーは低域だけでなく、高域もよく出ています。FM 放送から取ったスペクトログラムを見ると、ステレオ放送の限界である15kHz付近まできれいに伸びていることがわかります。聴感上も変なかすれや偏りがなく、どの高さは苦手ということもないように感じられ、精細さにも優れています。

AM も最大で 9.0kHz 幅のフィルタが使える(信号の強さに応じて自動的に幅を変える機能まである)ので、放送波に含まれる信号を全て再生することができ、その音質は AM ラジオの価値を見直させるほどのものです。

このように PL-880 は受信性能だけでなく音響設計の面でも、かつて世界を席巻したソニーやパナソニックの高級機をも凌駕する部分のあるワールドバンド機です。細かいところで欠点がないわけではないものの、それを補って余りある魅力を備えています。ラジオライフ誌による評価も気前が良すぎるというわけではないことが分かりました。

2024年は徳生創業三十周年となり、記念商品が準備されているのか気になるところです。そして来年にはラジオ発売七十周年を迎えるソニーが、「いつの時代もラジオはソニー」と言い続ける意欲を持っているのかどうか、注目していきたいと思います。