摂食障害
摂食障害の心理学的研究にはやくから取り組み、その理解と治療に大きく貢献したのがヒルデ・ブルックである[33]。ブルックの報告によると、摂食障害の中核群である拒食症患者は底知れぬ自尊心の欠如を抱えており、両親の極めて侵入的な世話を長年にわたって受け続けてきた人達である。患者のほとんどは両親を喜ばせることと両親の期待に応えることを命題として生きてきた人々であり、その体験の蓄積からくる葛藤が症状となって患者を支配し、食事制限を行うようになるという。こうした重い人格的な問題を注意深く取り上げ続ける必要性をブルックは伝えている[34]。
これまで摂食障害の発症要因として提出された仮説には、「女性性の拒否」「成熟拒否」「早期母子関係の障害」「ボディイメージの障害」「発達障害」「嗜癖」などが挙げられるが、なかでも最もその本質をついたものとして挙げられるのが、「人からどう見られるかということに関連する自尊心の病理」というブルックの定義である[10]。自尊心の病理とは、思い描いている理想の自分と万能感、それに対置する自己不信と無力感という、感情の両極性があることを示している。分裂(スプリッティング)が生じているのである。彼らは一様にありのままの自分を受け入れられないという問題を抱えている[35]。
過食や拒食を止めさせようとする試みは症状を悪化させる。摂食障害は行動の異常ではなく、自己意識の病理であるからである。何故ありのままの自分には価値がないと感じるのか、自分を好きになるにはどうしたらよいか等の問題を取り上げることから治療ははじまる。彼らは自己愛性パーソナリティ障害の人ほどには誇大的自己を維持し切れていない。理想的な思い描いている自分に対置する、何の取り柄も無い自分が生み出す深い抑うつ感情と向かいあうことが求められる。積極的に病理を解釈し、面接を重ねる過程で自己不信が減少するにつれ、自然と食行動は修正されていく。「自分が自分であればよい。自分は自分以上ではないし、自分以下でもないのだから」という等身大の自分の感覚が定着するにつれ、摂食障害は消失していく[28]。摂食障害の治療には、目に見えない複雑な病理を積極的に解釈し、健康への道を指し示す深い経験と力量が求められる。