id:dominique1228
勝手に引用のことを語る

牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。僕のような老獪なものでも、只今牛と馬とつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。
あせっては不可(いけま)せん。頭を悪くしては不可(いけま)せん。根気づくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。それだけです。決して相手を拵(こしら)へてそれを押しちゃ不可(いけま)せん。相手はいくらでも後から後からと出て来ます。そうして吾々を悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。
これから湯に入ります。

八月二十四日
芥川 龍之介 様
久米 正雄 様
夏目 金之助

夏目漱石の手紙(久米正雄・芥川龍之介あて)
大正5年8月24日(木)午後6時-7時 牛込區早稻田南町七番地より
千葉縣一ノ宮町一ノ宮館 芥川龍之介・久米正雄へ
(「先生と僕」1巻、p. 92 から)

これは現国の教科書にもでていた。気がする。ついでに寺田寅彦のエッセイも何年のときかに見かけた。理系らしい読みやすい文章だった。