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超短編のことを語る

【サンダルおじさんの挫折】
http://h.hatena.ne.jp/naming_ohji/9234077188272692257
 
サンダルを履いたおじさんなら、この町でも珍しくもない。
サンダルおじさんがサンダルおじさんと呼ばれるのは、彼の特殊なサンダル使用法に因る。
サンダルおじさんはアーケード街のシャッターが降り始めるころ現れて、スーツの内ポケットからサンダルを取り出し、肩、太腿、背中に打ち付けて「パカポコパカポコ」とリズムを奏でるのだ。
 
ゆらゆらと気持ち良さそうに揺れながら、サンダルでリズムを刻むおじさん、
アーケードに反射して、響き渡るサンダルのパーカッション、
駅へ向かってアーケードを抜ける仕事帰りの人たちの耳にはすでに環境音の一部だ。
 
だが、その日、おじさんの演奏を腕組みしたまま真剣に聞き入る男がいた。
男はおじさんの演奏が終わると、名刺を取り出しおじさんに渡し、なにかふたことみこと告げて去った。
おじさんはしばし呆然と男の背中を見送っていたが、やがて名刺を固く握りなおして力強く駅の方向へ歩いていった。
 
男は、新聞社のウェブニュース担当の記者だった。
おじさんは【遅咲きのミュージシャン、サンダルが刻む希望のビート】なんてくだらない見出しで記事になった。
 
ーどうしてサンダルで演奏しているのですか?
ー俺はビートを刻みたいだけなんですよ。そのための努力ならします。だけど、ビートを刻むのに楽器が必要で、だから無茶して金貯めて楽器買うなんて、俺に言わせれば遠回り。働くヒマがあったらとにかく叩けってね…
 
そのインタビューはしばらくは幾人かの目を引いたらしく、いつものアーケード街には小さい人だかりができ、携帯のカメラで写真や動画を撮る人たちもいた。
 
しかし、おじさんが自分の顔をでかでかと印刷したCDを足下に並べはじめた頃には、もう、おじさんのサンダル・パーカッションは環境音の一部に戻っていた。