さらに思い出すのは、ある日ひとりの婦人が私の面前で、ちょうどはめていた青空の色をした驚くべき手袋の片方を、「シュルレアリスム本部」への贈り物にしたらどうかと、誰かから一見たわむれに勧められたときのことだ、その申し出を彼女が聞き入れようとするのを見て、私は恐怖にとらえられ、どうかそんなことはしないでほしいとくりかえし哀願したのだった。あのとき、あの手袋が永遠にあの手をはなれてしまうのだと考えたことのなかには、何かしら私にとって、すさまじいまでに、すばらしいまでに決定的なものがあったのかもしれない。
アンドレ・ブルトン『ナジャ』巌谷国士訳(白水社版)