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愛とか恋とかそういうのはノーセンキューのことを語る

関白宣言って、「忘れてくれるな仕事も出来ない男に家庭を守れるはずなどないってことを」の部分をどう解釈するかによって曲全体のイメージが変わってくるんです。
「俺は仕事ができない」と解釈すれば、結婚を前に精一杯強がっている男と、それを「あらあら、うふふ」と優しく見守る女の図が見えて、お似合いのカップルじゃねえか、となるんですよね。
私はあの曲が発表されたころ9歳で、スタジオで生で歌うところをリアルタイムで観ていた世代です(ライブも行きました)。当時の空気感としても、さださんが気弱な男が精一杯強がりを言ってるふうなちょっとおどおどした感じで歌って、観客から「うふふ」と笑いが起きる様子を覚えています。

それを踏まえて言いますと、「お前にはお前にしか出来ないこともあるからそれ以外は口出しせず黙って俺についてこい」をフォローと言われると「ん?」となります。やんまにたんは、何をフォローしてると考えますか?
フェミニズム的に関白宣言の歌詞を言葉通りに捉えるとすれば、一番非難を受けるところだと思います。「自分には自分にしかできないことがある」のは自分が決めることであって、配偶者から言われることではないですからね。女性の自己決定権を否定しており、あれを言葉通りに取るなら笑って聴くことはできません。

先ほど「ケンカ売られてる?」と書いてしまったけども、私は炎上しそうな一部を切り取って笑うことはしていないので、ケンカ売られてなかったですね。脊髄反射スミマセン。
でも、このタイミングで同じ曲の同じ部分を引用してそういうふうに論じられると、あまりいい気はしないので、「ケチつけてる人」というのが具体的に誰のことなのか言ってもらえるとよかったなあ、みたいなことは感じます。