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ご近所会@横浜のことを語る

階段音楽通りメモ

桜木町駅から「ちかみち」抜けてモスバーガー前を右折すると音楽通り。
トラットリアBASILもこの通りだけど、さらに音楽通りを進むと左折するように出てきて
三愛ヨコハマホテルと本町小学校の間を上がる階段になってる。
ここが数ある横浜の「日本初」の一つ、ガス灯があったとされる場所だけど、
それは定かじゃなくて、正確には、日本初のガス会社「横浜瓦斯局」の工場があった。
創設者は、高島嘉右衛門。高島町とか高島台とかの地名はこの方にちなんだもの。
もう一つ、この方、若い頃に小判を外国人商人に売った咎で捕縛され、
吉田松陰、山県大弐、竹内式部らが入牢された江戸伝馬町に入る。
ここで、非業の知識人らが残したものであろう『易経』という書物を発見。
すさまじい暗記力で覚えてしまう。
恩赦で出獄した嘉右衛門は、横浜の地で、異人館や迎賓館の建設、
下水道整備などの事業で成功し、40になるととっとと引退。
そのあと、「呑象」を名乗って易に専念する。
これが、「高島易断」の開祖。
 
この階段の上の紅葉坂を渡ると、
1874年(明治7)12月9日の太陽面金星通過の碑。
メキシコの国旗も刻印されてて、なんでかな?と思ってちょとググってみたら
観測に適した日本で諸外国が送った観測隊は、その拠点を長崎に置いたんだけど
出遅れたメキシコはもう場所が確保できなくて、横浜の、ここいらへんに
観測拠点を置いたそうです。
このときのご縁で、明治22年、日墨修好通商条約が締結。
当時、不公平な条約に悩んでいた日本にとって、
これが初めて外国と結んだ対等な通商条約になったそうです。(今日の復習おわり)