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恋愛について私がおもう二、三の事柄のことを語る

ドイツW杯のとき、最新型のベンツでしかもドライバーはハンサム、というラッキータクシーに一度当たった。ほとんどのタクシードライバーとサッカーの話題で盛り上がったが、このラッキータクシーだけは違った。「ワールドカップ?いい迷惑だ。早く終わってほしい。なんだ、あの旗は(多くの家で窓にそれぞれの応援する国の国旗を飾っている。もちろんドイツがいちばん多い)。ドイツ人は全員サッカー好きだと思ってるが、お お ま ち が い だ ! ステレオタイプも甚だしい。シャイセ!」とのっけからご機嫌斜めである。まあ、わたしもご多分に漏れず、サッカーユニ(出場していないスペイン代表モリエンテス10の)を着用していた。これはマズい。イケメンの気に障ってはいけない、という家訓を守り、即効で話題を変える。
「ところで、これ、新しいベンツでしょ? いいなあ、ドイツ。タクシーがベンツだなんて! 日本じゃ考えられないわあ!」
わたし、がんばった。しかし、イケメンドライバーの微笑みを引き出すことに失敗する。
「なんでもかんでも新しけりゃいいってもんじゃない。みろ、このボタンなんだ?これ動かすにはどうすりゃいいんだ?とか、わかりにくいったらありゃしない」と、気難しげにベンツを腐す。
「それはそれでたいへんね。ところで、あなた自身は、プライベートで何に乗っているの?」懲りないわたしの再チャレンジが意外にもヒットした!
「実は……ボクには少しマゾヒスティックなところがあって……」なんと愛くるしいイケメンのはにかみ! わたしは今、それをついに手に入れ、次の瞬間、吹き出した。

「そのぉ、愛車はシトロエン、なんだ」

最新鋭のベンツを腐して、あんなに手間のかかる言うこと聞かない車に?と言いたいのをぐっと飲み込んで
「じゃあ、毎日いじくらないといけないのでしょう。たいへんね」
「そうなんだ、メンテナンスは欠かせないよ。あっちこっちいつも調子が悪くなるし」
相変わらず気難しげだが、イケメンはにこやかである。実に幸せそうにシトロエンの不具合を目的地まで語り続けた。もちろん、わたしにとっても喜ばしい。マゾだろうが、神経質だろうが、手間がかかろうが、イケメンの笑顔は100万ユーロ。ラッキータクシーの幸運度は極大になった。

恋は、イケメンを微笑ませる。
真実の愛は、マゾだろうが、気難しかろうが、面倒がかかろうが、サッカーが嫌いだろうが、フランス車好きなドイツ人という稀有な存在だろうが、恋人を一途にする。誰も口を挟めないくらいに。傍観者は、それにいちいち「マゾなのね」「気難しいのね」「面倒な関係なのね」「サッカー嫌いなのね」「珍しい人なのね」と驚く。けれど「シトロエンなんてやめて、アウディに乗れよ」と言ったところでその声は恋人の耳には届かない。マゾヒスティックな恋人の目にはシトロエン以外の車は映らない。アウディに乗り換える日は永遠にこないだろう。気難しいマゾを幸せにできる唯一の車だから。