チベット密教についての誤解について書こうと思う。内実についてつきつめれば、チベット密教どころか仏教に限らない話ではある。

先日、とあるCGを生業とする会社のシャチョさんとお話しする機会があった。オウム真理教の事件後、ペマ・ギャルポ氏が主催するチベット密教教室に何回か通ったという彼の経験談は、以下のようなものであった。

チベット密教ではその修行の最初に、まず脳内でありありと、現実に存在するかのように仏様を思い描くことが要求される。それについてこのシャチョさんは「それってCGじゃん」と思ったそうだ。つまり、脳内で仏様を思い描くことは、CG制作にアウトソーシング可能だ、ということだろう。

しかし、はたしてそうだろうか。脳内で仏様を思い描くことは、そのこと自体が目的なのではない。それは修行における単なる副産物であり、その行のみを完璧に行うことには、あまり意味はないのだ。もちろん完璧に行うことは求められるけどね。

脳内で仏様をありありと思い描くことは、自身の脳の働きを隅々まで意識し、できればさらにシナプスを拡張するために必要な行だ。それは修行に当たってのほんの第一歩で、しかし、欠かせない一歩なのだ。ただひたすらに一切衆生が救われるように祈り続けるための、強靭なシナプスの形成のためのものなのだ。

何日もかけて精緻に描かれたチベット仏教の砂曼荼羅が、描き終えてすぐに破断されるのは、この事情をまことによくあらわしている。砂曼荼羅は祈るためのよりどころであるが、その美しさゆえに、祈りの儀式が終わってしまえば、その精緻な美は執着を生む図案になりかねない。

どんなに美しくても、どんなにミラクルでも、それで衆生が救えないのであれば、仏教的には意味がないのである。これは、仏教に限らず、宗教全般に言えることだとわたしは思う。

例の団体が神仙の会だったときに勧誘に訪れた際、「で、あなたのところの代表が修行の結果、宙に浮いたことで、だれかの悩みが解消したり、幸せになったりしましたか」と、わたしが聞いたのはこのためだ。