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神保町のことを語る

さあ、神保町がビューティフルドリーマーの世界になる2日間が明日に迫って
まいりました!

(神保町、古瀬戸の外の光が差し込む席で、サクラがコーヒーを飲んでいる。
足元には大量の医学書籍の古書。そこに近づく人影)

温泉マーク「先生……」

(神保町ブックフェアの初日1日で買ったとは思えないほどの、大量の古書の
入った肩掛け鞄の重みで、温泉マークのジャケットの袖が根本からほつれ始
めている)

温泉マーク 「さっき、放送がいっとりましたな。……明日は神保町ブックフェ
アの最終日だと……それと同じセリフを以前にも聞いたような……」

サクラ 「疲れておるのじゃ。疲れておるから、そのような願望がありもしない
記憶を作りだすのじゃ。連日、あの古書店主どもの相手をしておるのじゃから
無理もないが……」
「ま、それも明日で終わりじゃ。明日は神保町ブックフェアの……」

(サクラの向かいに座り、運ばれたコーヒーを飲む温泉マーク)

温泉マーク 「そう考え始めてみて気がついたんですが、自分でもハッキリせん
のです。昨日のコトも、その前日のコトも、いや、うっかりすると数時間前のこ
とすら忘れていることがあったり……」
「いつ、どこで、だれと会い、何を買ったのか、大体わたしは昨日も先生とこの
話をしてはいませんでしたかねえ? 昨日はさぼうるで、その前は共栄堂で、
そのまた前はティーハウス・タカノで」

(卓上のカップの中の液体が、コーヒーからカレーのような色に、また紅茶の
ような色に変わり続けている)

サクラ 「なにをバカな! 疲れておるのじゃ。疲れて意識が混乱しておるだけ
じゃ。今夜一晩、ゆっくり休んで明日になれば……」

温泉マーク 「明日になれば、どうなるんです? 本当に、今日と違う明日が来
るというのですか? 今日と違う昨日も思いだせんというのに……」
「……これは、あくまで仮説でして、わたしのボケた頭が生み出した妄想なら
無論それにこしたことはないのですが。わたしは、こう思っとるんです」
「昨日も一昨日も、いや、それ以前から、わたしらは神保町ブックフェア初日と
いう同じ一日の同じドタバタをくり返しとるんじゃなかろうかと……そして、明日
も……」

サクラ 「仮に、仮におぬしのいうとおりだとして、では、なぜまわりの人間が騒
ぎ出さんのじゃ?古書店主たちが、本マニアどもが、それほど長く神保町から
戻らねば、係累がだまっておるまい」

温泉マーク 「同じ一日をくり返しているのが、神保町だけでないとしたら?神
田全体が、いや、世界全体が同じ一日をくり返しているとしたら……?」

(温泉マークの足元の紙袋が破け、古書の『杜氏春』がまろび出る。開いた奥
付には芥川の検印)