ノイマイヤー神による近代バレエの神を扱った作品『ニジンスキー』に揺さぶられた余波がボディブロウのように効いてきて、眠れなくなってしまった。
後半、戦争の表現としてあらわれる大勢の兵士たちに、ニジンスキーの当たり役たちー薔薇の精、金の奴隷、ペトリューシカなどなどーが軍服を引っ掛けた者たちが交ざっている意味を考えている。
狂っているのは自分ではない、第一次大戦に向かう世界が狂っている、とニジンスキーが思うとき、しかし自分の中にも狂った世界に通じるものがあるのではないかという懐疑も同時にあって、それが彼をさらに追い詰め、踊れなくしたのではないだろうか。
ニジンスキーにとっては、踊ることは世界とかかわること。もし、踊ることで、狂った世界と自分との共通点が露呈したら、という不安があれば踊ることができなくなるだろう。失語症のように。
それを、狂った、と言えるだろうか。
戦争がなければニジンスキーは狂わず、その舞踊人生が10年で終わらなかったかどうかは、今となってはわからないわけだけれども、それは純粋すぎるとはいえ、あまりにも真っ当な不安だと思う。
ところで開幕してしばらくして、照明装置の一部で「ぱん」という音がして、白煙が上がったのには緊張しました。ラストには何事もなかったかのように全部、点灯していたけれど。