3日目は18きっぷを使って三江線で石見方面まで出る予定ですが、芸備線の三次行きの始発が7時過ぎと遅く後の本数も少ないため、吉田からだと途中の史跡に寄る余裕がありません。
そんなわけで、2日目は日没後も芸備線の次の駅、甲立まで5,6km程歩いたんですが、国道(出雲往来)と芸備線が予想以上に離れていたのと、疲労がピークに達していたため、思いのほか苦労しました。
ようやく駅に着いてみれば駅舎は閉められていたので、結局駅前の階段で膝を抱えて座りながら眠りました。
朝靄の中、夜明けとともに行動開始です。甲立での目当ては宍戸氏の居城、五龍城跡。
宍戸氏と毛利氏は抗争を繰り返す関係でしたが、勇将として名高い宍戸元源の代に和睦、嫡孫・隆家に元就の次女(五龍の方)が嫁ぎ、以後は毛利氏の一門衆となっています。
五龍山への登り口は、元源の弟・家俊を祀る宍戸司箭神社の参道でもあります。
由緒によれば、若い頃から武者修行に熱心だった家俊は、京に上って司箭と名を変え、愛宕山での修行末に神通力を得て、その術をもって正親町帝の天覧に供したとか。(今も愛宕神社に司箭を祀る祠があるそうです)
また一時、修験道に熱心だった管領の細川政元に側近として仕えたこともあるそうで、なかなか興味深い人物です。
本丸跡にて。まだ堀を隔てた先に、御笠丸と呼ばれる郭群があったんですが、時間が足りず断念しました。
史跡巡り同好会のことを語る