かつて「東洋一の選鉱場」と呼ばれたという神子畑選鉱場跡 明延鉱山からの鉱石が鉱山用軌道によってここに運び込まれ、選り分けられて陸路で輸送されていったそうです。 2004年までは建屋が残っていたそうですが、解体されて今はコンクリートむき出しになっています。