Papathana's ブログ
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以前から面白いブログだとは思いつつ、戦国期は考察対象が三河、畿内は南北朝期なので今の自分が読んでも咀嚼できない感じだったんですが、今年に入って「明応軍乱編」が始まりました。
宗教史にも詳しい方のようで、そういう方面からの政元期の畿内情勢の異常事態、特に政元も手を焼く赤沢宗益の特異さがよく分かって面白いです。古市澄胤に続き、いよいよ三好之長との共闘について書かれました。
三好氏から入ると、高国期は大内氏の軍事力に頼った政権と評価しがちで、その割に当時の京都でやたら評判が良いことに違和感を覚えたものですが、『在京大名細川京兆家の政治史的研究』で高国が幕府の主導権を握る過程を知った上でこのブログを読むと、なるほど高国期は秩序の立て直しの時期だったのだなと感じます。
ただ、なぜ将軍義稙に嫌われたのかがまだ分かりません。高国は永正17年の澄元方の反攻の際、密かに澄元に通じていた義稙を見捨ててはいません。京都でも将軍が三好に通じているとの噂が流れているので、承知の上だったはず。やはり赤松義村と浦上村宗の抗争、亀王丸(義晴)が鍵なんでしょうか。ブログの続きを書けずにいるのは単に時間がないのもありますが、その辺の情報不足が大きいです。