松ノ内あけたら本気出す予定だった。
今は旧正月を目処にしている。
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くたびれ はてこのことを語る
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「名刺ないんですよ」というと気まずい思いをすることが増えたので、明日のっていうか翌朝のイベントのためにいまになって名刺刷った。
我ながら「やる気あんのか」っていう印刷のズレ具合。名前と連絡先分かればいいんだからいっそ枠は外せばよかった。
キンコーズで白黒のシンプルなやつを今度こそ作ろう。
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昨年中もみなさまには誠にお世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
はてこ
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わたしはそれを調味料と米の減りの早さで実感しています。
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食欲が十代の頃みたいにある。
食べ終えたら次の食事になに食べようかと考えている。
昔は「胃拡張になるからもう止めなさい」と言われながら食べ続けたものだった。二十歳過ぎまで「お腹がいっぱいでもう食べきれない」という感覚がなかった。これはまた20センチくらい伸びるな!
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「そうだ、あれ作って食べよう!(そしてハイクに投稿だ!)」
と思って、失意の底からガバッと立ち上がることが12月に入って続いているので、本当に適正体重に近づけるんじゃないかと思えてきました。
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昨日父から預かっている車の車検の事で、葬式以来ぶりに実家に行った。
今朝も車の事で電話した。
父は不機嫌でイライラしており、言われても困るような事で当たられる。
へぇへぇって感じで済ませたけど、もちおが帰るまで身体が動かなかった。
わたし、本当に酔っ払い嫌い。
酔っ払いってどうして周りが自分の気分に合わせるべきだと思ってるの?
自分のために勝手に飲んで、素面の反応に不機嫌になって説教までして反省しないよね。
周りに迷惑かけて何故か被害者意識強くて意味不明で大嫌い。
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食べても食べても腹が減る。
夕方にツナと大根の柚子醤油でご飯一杯食べたし、夕食後にお菓子食べて、お弁当作った後に肉詰めピーマンでまた一杯食べて、いまもちおの間食用おにぎり作ってまたお茶碗一杯くらいのおにぎり食べた。
ついにやって来るのか、二十代前半の体重に戻る日が…!
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[何の報告か分かりませんが]
約一ヵ月ぶりにPCを起動いたしました。
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このまま画像投稿ハイカーになってゆくのか…
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自炊画像は後の励みになるとです。
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今も蜜柑はほとんど食べられない。
小さくて酸味が勝った甘酸っぱい蜜柑じゃないと無理。
他は何でも無理に飲み込めるけど、考えたら蜜柑はあれ以来ほとんど駄目。
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って、分析してみたけど、本当はもっと不思議なことなのよね。食べられるかどうかって。
わたし、小学生のころ蜜柑が大好きで、手が真っ黄色になるまで毎年食べてたんだけど、ある年母が離婚前提で実家に帰っちゃたのよね。そしたらその年は何故か蜜柑が食べられなかったの。なんだかこう、汚染されてるというか、どれも腐っているような気がして、怖かった。
わたしが料理出来ないときって、食材が怖くなるのよね。魚がいちばん怖いけど、野菜も怖い。頂き物の取れ立て感があるやつが特に怖い。ゴミなんか震えるほど怖い。近づけない。一部のお店で買ったものだけ食べら…[全文を見る]
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以上、スマホで長文を書く練習をしました。
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母が蕪の煮物を傷んでいると思い込んだのは米酢をレンチンしたせいばかりではないと思う。
母の中ではわたしはずっと、料理下手の料理嫌いなのだ。その思い込みが出来立ての惣菜を捨てさせ、いい年をした娘に作りおきの保存を説かせているのだと思う。
そして自己主張する女が夫に愛されるはずはないという前提が、夫は辛抱に辛抱を重ね、博愛の心で娘に寄りそっているという発想になるのだと思う。
母にとって結婚生活は互いの個性が魅力になる憩いの場ではなかったのだから、無理もない。
母とわたしは交流を再開してから比較的うまくいっていた。蕪を持っていった日は、もちおが一緒だった。もちおが行くと、どうもよくない。母とは二人だけで会った方がいいなとあらためて思った。
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母はわたしが料理嫌いで、料理かけていた下手だと思っている。
そして妹のことを料理好きの料理上手だと思っている。
妹は料理好きではないし、わたしは料理嫌いではない。
これには昭和のステロタイプな女性像が関係している。
まず、料理をするのは女らしいことだという考え方がある。女らしさとは大人しさや従順さのことであり、言われたことを素直に聞き、言われなくても察することである。質問するのは生意気なこと、意見をいうのは反抗心の現れである。よってわたしは「女らしくない」「男っぽい」娘だと言われていた。
女が料理をするのは誰かを大事に思うから。料理を…[全文を見る]
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先日、母の調理を見学した。
母は塩も砂糖も、わたしが守るべきだと思ってきたよりずっとたっぷり使っていた。
そして強火で蓋をせず鍋をかけていた。
野菜はそこそこ洗って、母なりに選んだ店で買ったノーブランド品だった。
母はわたしを育てていた頃、台所洗剤を許さなかった。それらを蛇蠍の如く憎み、撤廃した。
しかし今はさりげなく洗い場にそれを持ち込み、わたしの台所に置いていこうとしたことさえある。
「お米は、あんまり研がない方がいいんですって。栄養がなくなっちゃうから」と母は言った。
わたしは一人暮らしをしてまもなく、農家の友人にそれを聞いて知…[全文を見る]
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出来ないときはシリアルに牛乳をかけることも出来ない。
このところ料理が出来てうれしい。
理由のひとつは母が料理をするところを見学したことだと思う。
母はわたしと暮らしていた頃、料理でしてはいけないことをいくつか言った。
塩分のとり過ぎはいけない。
砂糖は体によくない。
肉はなるべく食べない方がいい。
野菜は無農薬を、たくさん、様々な種類を、毎日とらなければ病気になる。
お米は水が透き通るまで研ぎ、水平な場所できっちり水加減をしなければならない。
揚げ物は体に悪い。
等々。
母はこれらを危険な伝染病の警告のように、繰返し恐ろしげに語り、わ…[全文を見る]
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このCD ケースはわたしの仏壇。
敬愛する宜保愛子さんが「亡くなった方はちょいちょい家にやってくるのでお花とお茶とご飯とお線香をあげると喜ぶ、特別なものは要らない、食卓の片隅でもいい、朝陽が入る場所ならなおいい」と書いていらしたので、ここをそのコーナーにした。
飾っている絵は清里にいた頃、自分で描いた雲の絵で、終局的な意味合いはない。線香は京都駅で買った香立てに立ててある。コップのふち子が立っている箱には祖母の書が入っている。
位牌も仏像もないから、誰も彼もみなここで弔う。親族、友人知人、誰かわからないけどついてきたらしい方、全部ここで、同じ湯飲みとご飯でもてなす。
祖父の四十九日が済むまで毎日お茶とお線香をと思ったけど、出来なかった。儀式じゃないからゆったり考えようと思う。
お茶をあげると泣けて仕方がない。

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寝込んでいる
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パソコン起動せずスマホ三昧
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文字入力が不慣れ
画像編集が面白い
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食べ物画像ばかり投稿
/くたびれ はてこ