ガトーショコラが食べたい。ガトーショコラといっても、薄めに焼いてさくっとした部分を多めに作り、できれば、アーモンドや胡桃をざくざく入れて・・・・うーん。チョコレートとナッツのさくさくとしたクッキーが食べたいのかな・・・・・・?と考えて、今家にある「ゴマと胚芽のクッキー」と「ねすぷれっそでコーヒー頼んだらついてきたミルクチョコレート」を同時に食べたらいいんじゃないか、と思っています。やってみるか。
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せきららこのことを語る
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片付けようの記録もかねてるので、IDページで。
ここを、せめてもっと取り出しやすく!まんがを重ねない!見たいなことを目標に片付け中です。
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お尻がかゆい、という、乙女にあるまじき問題。長時間座りすぎた!
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後は、単純に、片付けられる環境である事を、感謝。
状況や環境に寄っては片付けどころじゃない場合があると思う。
今までの人生、そういうとき、いくらでもあった。
片付けどころじゃないって時。そういうときがあるからそれへの備えでもある。
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結果的に、自分が快適に過ごせるなら、さらりとだまされたもんがちなんだよね。
だまされていい事ばかりではないけど、でも、片付けたら痩せてお金が貯まった、というなら
別に悪い事じゃないんだし、それが嘘でも素直にだまされたい(笑)
もっというと、一度は、そのまま耳を傾けて、ただ、やってみる、と言う素直さって、その人を絶対に助けるんだよね、と思う。素直な人には何かしてあげようと言う気持ちになるし。(私が)
インプット右脳アウトプット左脳の私は、理屈でこねくり回してとっても疑り深いし
やろうとおもえば、いくらだってへりくつこねて、斜に構える事が出来る。
出来るけど、そういうの、もう、飽きちゃった。
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などと、自分を鼓舞していたところですが、見える範囲の掃除機を欠け終わったところで、またハイクに戻ってきてしまいました。
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西の魔女も、
「魔女は、自分の事は自分で決めるんです」
って言ってました。
私も、自分の「物」は、自分で決めようと思います。
鴻上尚史も、「僕たちは、片隅に転がる人形のように、自分の人生を捨てながら生きていく。」って言ってたし!頑張れ。私。とりあえず本の移動だ。違う。掃除機掛けだ。
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この、物を減らしている真っ最中に
papa told me (コミック全29巻、完全版というなの抜粋3巻、別雑誌連載中現4巻)にはまり直すなどと……!
買わない買わない。今ある以上に、無理して集めようとしない!
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今日、午後中ハイクを連投していたのは
「本を片付けなければ」というやらなきゃいけないことから
逃れる術でした。のがれられないけどねーーーーーーーーー!
やってきます。牛たんカレーを食べた後に!
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する必要を感じないなら、しなければ良いのに、なんでわざわざやってる人たちのところにきて
「やらない自分」をアピールするのだろう、とわたしはそれが、疑問なんです。
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いいなーーー!子供。
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婦人公論の表紙が浜木綿子でね。
見るじゃない。そんなの。照之ファンとしては。
そしたら、親バカと、親子と言えども彼は彼、と言うスタンスのバランスが良くて、面白かった。
「彼はこれから、歌舞伎の世界で苦労するんでしょうけど、すれば委員じゃないですか。失敗したって、いいんです。」みたいな、信頼して突き放すような言葉があるのに、最後は、「みなさま、照之をこれからもどうぞよろしく」みたいなこと言ってるの。
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年に一度位、犬を飼い始めた頃の日記、を読み返す。色々、大変だった頃。
夫の希望で飼い始め、私自身は不安でいっぱいで、ままならない犬とのコミュニケーションと、しつけへの不安と、たくさんの、「しつけ本」や「しつけアドバイス」のああしろ、こーしろに、悩まされた、その頃感情が、赤裸々に綴ってある。
そしてちょうど、それから半年後くらいの日記に、犬が、私を、飼い主として認めた!と思う瞬間があってその感動が書いてあって、一年後くらいの日記には、「一年前の私に教えてあげたい、犬はあなたに、とっても大切な存在になるよ、悩んでるの、今だけよって。」と書いてある。
ちなみに、夫は、犬に接する私を見ながら
「ああ、この人は育児ノイローゼに陥りやすい人だから気をつけなければ」と思ったという。
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あまりのいちごたべたさに、ブラウザの検索部分にいちご、と書いてクリックした。
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いちごいちご、いちごがたべたい!
でも昨日「風邪を引いている」と言う私を外で10分も待たせやがった夫が、お詫びにイチゴを買ってくれるというので、ここぞとばかりに800円のあまおうを買ってもらったら、ものすごく甘くておいしかった。さすがあまおう!
しかしシーズン始めにあまおうなんか食べちゃって、今年とちおとめやとよのかで満足できるかしら……。
そんな、今年のイチゴ事情……。
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ノンアルコールビールは、「ひなまつり」とか「こどもの日」とか子供のイベントで、大人が飲むのにどうぞ!という宣伝の仕方が良いきがする。瑛太のあれはそうなのかなー?
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なんの雑誌の、誰のインタビューか忘れたけど、いや、光野桃がエッセイで書いてたのかな。
「おしゃれな人に、どうしてそんなにいつもおしゃれなの、と聞いたら、『当たり前よ。うちには一枚たりとも妥協した服はないもの』といった」
みたいな話があって、なるほどなーーー!!と深くうなずいた。
だってそうじゃない?その人に取っては、どれもベスト!なんだから。
万が一、その人がセンス的におしゃれじゃない人であったとしても、どの服着てもその人は自信を持って服をきているのだから、多分結果的におしゃれに見えている。
それを知ってたから、多分、物を厳選する、と言う事に肯定的なんだろうな、と思います。
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でもとにかく!私は私が、たくさんの物に囲まれているのに
肝心の欲しい物はなんにもない、と思っているような空虚感が嫌で
とはいえ、今回片付けながら、この空虚感と物は関係ない、関係あるのは、自分が、自分の好きな物を大事に出来ない、と言うことだ、この空虚感はその結果だ、と思ったりしている訳なんだけど
でもとにかく出発は、家にある全ての物をちゃんと把握して、大好きな物ばかりだと自信を持って言える家にしたい、何かあったときにその場にある何をつかんでここを後にしても、ああ、大事な物を手にして出て来れた、と思えるようにしたい、と思ったからで
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片付けについていろいろ書いておりますが、それは誰かに何かを言う事を目的として物ではありません。ましてや、「片付けた方が良いよ」とか「捨てた方が良いよ」とかは言ってないし、いいんじゃないかな。物に囲まれたければ、囲まれていれば。それもまた人生、って、スルツカヤも言ってたよ。
あくまで、私が、私の実感として、感じた事を、後から読み返す事が出来るように
片付ける最中の過程は今ここで文字に残すことしかできないから、そうしているだけです。
突き詰めれば、こんまりだってそうなんじゃない?いや、それは言い過ぎか。
でも、ブログやこういう場所で…[全文を見る]
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それは「美味しい」と大騒ぎする、と言う事でしょうか?
だとしたらわかります。
自分で作っている物だから、自分が味を引き出せていないんじゃないか、もっとなにかあるんじゃないか、と使い続けていました。でも、それきいてすっきりw
パンのメインはキタノカオリにして、ハルユタカは麺とかにも使ってみます〜
/せきららこ
