当時は 作品をなかなか認められなかったアングル、
『グランド・オダリスク』 も、あえて引き伸ばしたように
描かれている背中について、「背骨が3つ多いのではないか」
などと揶揄されていた。
それに対しアングルは、
”美しい体を描くためには 誇張も許される” と反論した。
お話しするにはログインしてください。
美の巨人たちのことを語る
美の巨人たちのことを語る
ラファエロの絵画を愛したアングル。
彼は、ルネサンス期の天才・ラファエロを
モデルとした絵まで描いていた。
(もちろん、アングルのほうがずっと後の時代の人物。)
美の巨人たちのことを語る
今週は ドミニク・アングルです。
今日の一枚は 『グランド・オダリスク』(1814)です。
女性を描いた絵画の中でも、特に有名な作品の
うちの一枚。 ルーヴル美術館所蔵、
”ルーヴルの美の化身” と呼ばれることも。
アングルは、絵画史上もっともデッサン力の秀でた画家と言われた。
美の巨人たちのことを語る
フェルメールの 『地理学者』(1669)・『天文学者』(1668) の
モデルだったのではないかという説のあるレーウェンフックは、
実際には 生物学の研究者であったという。
未知のものを研究し、未知のものを知ろうとする ― その姿勢を、
地理学者・天文学者という 絵画の中の人物像に うつしこみ、
大航海時代、オランダが ”海の覇者” となっていったことを
讃えたのではないか、と。
当時 必ず航海に同行し、最先端の知識を持ち、
オランダが海を制す その一部始終を 間近で見たであろう、
学者の姿に 重ね合わせることによって。
そして、描かれた地理学者の、窓の外を見る視線が、
この絵を見る者を ”未知” へとひきつけるのである。
美の巨人たちのことを語る
17世紀、オランダは スペインから独立、海を制し、大国となった。
航海の際には、地理学者や天文学者が同行したという。
ちょうど、フェルメールが描いた、『地理学者』(1669) や
『天文学者』(1668) のような学者が。
この二枚に描かれた学者の男は とてもよく似ているが、
二枚とも、同一人物をモデルにしたのでは、ということである。
アントニ・ファン・レーウェンフックがモデルであるとする説が有力だという。
(フェルメールは よく 身近な人物をモデルにしていたが、
このふたりが友人だったという記録自体は 残っていない。)
フェルメールに、カメラオブスキュラの使い方を
教えたのではないか、とされる人物である という。
美の巨人たちのことを語る
現存するフェルメールの作品は、世界で三十数枚のみ。
その中で、今日の一枚である 『地理学者』(1669) と、
ルーヴル美術館所蔵 『天文学者』(1668)、
この二枚だけが、男性を単身で描いた作品である。
(ほかは、女性像が多く、また、二人以上を描いたものなどである。)
そしてこの二枚は、まるで 対になっているかのようだ。
美の巨人たちのことを語る
地理学者の周囲の地図―
棚の上の地球儀、床の上に放られた地図、
壁に掛けられた地図、そして机の上に広げている地図
には、フェルメール作品なら当然と言うべきか、
それぞれ意味がこめられているという。
地球儀はインド洋、壁の地図は ヨーロッパを
指している、と言われているという。
そして、地理学者が着ている衣は、日本の着物だという。
17世紀、東インド会社によって持ちこまれたものである。
その着物が、日本(アジア)を指す。
つまり、この絵の中心にいる地理学者は、
”世界の中心” にいることになる。
美の巨人たちのことを語る
今週は ヨハネス・フェルメール(1632-1675)でした。
今日の一枚は、『地理学者』(1669)。
43歳で没したフェルメール、37歳の時の作品。
ドイツ、フランクフルト。 ライン川のほとりにある、
フランドル絵画のコレクションで知られる
シュテーデル美術館所蔵。
地図を手元に置いた地理学者、左側の窓から光が差している。
美の巨人たちのことを語る
ファン・エイク兄弟作 『ゲントの祭壇画』 は、
描かれてから 600年の間、
エリザベスⅠ世が 手にしたいと願い、
また ヒトラーが強奪を企て、盗難の憂き目にも遭う
など、数奇な運命を辿りながらも、
現在、パネルの1枚のみ複製であるものの、
その大半が、奇跡的に 実物の美しい状態で残っている。
これから大規模な修復に入るという祭壇画。
この傑作を より長く保つため、600年間 いまだ
つきとめられない、ファン・エイク兄弟が 顔料に混ぜた
”謎の物質X” をつきとめようと、修復家が努力しているということである。
美の巨人たちのことを語る
この祭壇画が奇跡だと言われるのは、
この祭壇画以前には見られなかった技法
(画面を引っ掻くスクラッチ技法)や、
まるで 近現代の画家たちの画風を
想起させるような描き方が されている、という点もある。
バルビゾン派の画家のような森の風景や、
アンリ・ルソーが描いたかのような植物―
それも、のちの画家が この祭壇画を見て
まねた訳ではなく、まったくの偶然だというのである。
美の巨人たちのことを語る
中世、宗教画に代表される絵画 全般に用いられた
技法は、卵黄に顔料を混ぜたものを使う
テンペラ画が一般的であった。
しかしテンペラ画は、テンペラ画独特の良さも
あるとはいうものの、長期に 劣化させず保つのが
難しく、透明感がないのも特徴だ。
そこで、油を使うことがよいと考えたファン・エイク兄弟は、
様々な油を 植物などから抽出し、顔料と混ぜ、
まるで錬金術のように、油絵具を作るところから始めた。
そして、近現代に連なる ”油彩という技法” を
完成させたとも言えるこの作品を、ファン・エイク兄弟が
生みだしたのである。
美の巨人たちのことを語る
600年前に描かれたこの祭壇画は、
”油彩画 最初の傑作” とも言われるという。
今世紀になって 化学調査が行われたが、
600年経っている今もなお、顔料に
混ぜられた ”何か” の正体が わからないという。
美の巨人たちのことを語る
今週は、フランドルの大画家ヤン・ファン・エイクと
その兄 フーベルト・ファン・エイク ― ファン・エイク兄弟です。
今日の作品は 『ゲントの祭壇画』(1432年)です。
ベルギーはゲントにある、聖バーフ大聖堂に
おさめられている、高さ3m75cm、幅5m20cmの大作。
いくつかのパネルで構成された この祭壇画、
中央には 父なる神、その左側に聖母マリア、
その右側には洗礼者ヨハネを描く。
天上の世界を描いたこの祭壇画が描かれたのは、
イタリアで ルネサンスが興る前だった。
美の巨人たちのことを語る
マグリットには、50歳を過ぎてから、
自らの作品に 頻繁に石を登場させた、
”石の時代” があった。
戦争の恐怖も味わった経験のあるマグリットの、
様々な恐怖感が反映されているのではないか、という。
巨大な岩や 繊細なバランスで立つ岩により、
潜在的な恐怖を描いたのではないか、と。
『ピレネーの城』 に描かれた岩は、
かつて子供の日々に見た、採石場で日常的に
行われていた爆破の記憶だという。
美の巨人たちのことを語る
好きだった小説 「ピレネーの城の幻影」 から
引用したという、マグリット61歳の時の作品、『ピレネーの城』。
青い空を背景に、海辺の中空に巨大な岩が浮かぶ。
岩が巨大だとわかるのは、その岩の上に城が載っているためだ。
ベルギー出身の弁護士から依頼を受け、
故郷ベルギーの 北海の海辺を描いた作品だった。
マグリットの言葉 :
”絵の題名は説明ではない。 そして絵は 題名の図解ではない。”
美の巨人たちのことを語る
29歳でパリに渡ったマグリットだったが、
もともとは、絵画芸術のためのものというより
詩人のためのものであったシュルレアリスムを
提唱したアンドレ・ブルトンと対立、3年ほどで
ベルギーに戻ったという。
美の巨人たちのことを語る
およそ1,800点の作品を残したと言われるマグリット。
遠くの空は 昼間なのに、手前の鬱蒼とした木々に
覆われた家は 夜の闇に包まれている 『光の帝国』 や、
パイプにしか見えない物体が描かれた 『これはパイプではない』
など、絵の中に登場する物や人は 現実のものなのに、
情景との組み合わせによって、特異な世界を出現させる。
シュルレアリスムの画家のなかでも、もっともよく知られた
存在の ひとりである。
美の巨人たちのことを語る
今週は、ベルギー出身 ルネ・マグリット(1898-1967)。
今日の一枚は 『ピレネーの城』(1959) です。
エルサレムにある、イスラエル博物館所蔵。
紀元前3~2世紀に写された、世界最古の旧約聖書
である 「死海文書」 も おさめられている この博物館の
美術棟には、ユダヤ人富豪ロスチャイルド家から
寄贈された現代美術が並ぶ。
その中に、『ピレネーの城』 は ある。
美の巨人たちのことを語る
美の巨人たち 年始のスペシャル版。
もうすっかり 毎年おなじみになったけど、
いつもは ナレーション担当の小林薫さんが、
実際にいろんな場所・作品を 訪ねて歩く様子が、毎回楽しみです。
今年の北アフリカも よかった。
来週のテーマは パリのオペラ座です。
美の巨人たちのことを語る
ドラクロワ 『アルジェの女たち』 に ルーヴルで対面した薫さん。
絵と薫さんが一緒に映ると、かなり大きな絵だということがわかる。
/美の巨人たち