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花うさぎのことを語る

  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」23話------
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     熱いシャワーを浴びて横になると雨音がひどく耳についた。その逆に、先ほどまで振動し続けた携帯電話はようやく静かになっていた。電源を切ろうにも、深夜に依頼が来ることが多いためそれも出来ない。じっさい帰り道にメールが来た。むろん、快諾した。明日の夜は仕事になった。
     わたしの日々は続いている。たかだかひとりの人間と気まずい関係になったとてこの暮らしは変わらないのだし、変えてはならない。わたしは夢をあがなうことで視界を廻らす夢使いであり、それよりなにより食べて…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」22話------
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     十六歳で師匠の愛人と寝た。いま思えば体のいい厄介払いに使われたのだ。わたしにあてがわれたのはある旅館の娘さんで、ひとまわり年上の小柄で綺麗なひとだった。何かしら勘付いた両親はむろんいい顔をしなかった。わたしはわたしで、夢使いを理解しない親との溝の深まりを意識した。
     そのころから、委員長のことは知っていた。あの学校で、もしくはあの地域で、彼女を知らないものはいなかった。それを彼女は喜んでいないふうだった。僕は遠くから彼女を見ていた。綺麗だとか可愛いとか…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」21話------
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     ほとんど蹴倒すような勢いで彼を押しのけた。でなければ、掴まれた腕をひきはがすことなどできなかったに違いない。
    「おれが、気持ち悪いですか」
     背中にかかる問いには首をふった。そんなことは思っていない。だが、
    「そうじゃない。そうじゃないが、すまない。今は、なにも考えられない」
     死人には勝てやしない。
     まして相手が夢使いであればなおのこと。
     彼は自身を被害者だと思っていない。じっさいのところはわからない。それでも、彼ほど鋭敏であれば、ありとあらゆるこ…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」20話------
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    「あれを恋愛とはとうてい呼べませんでした。一方的なものでしたから。しかも徹底して隠された、文字通り隠微な関係でしかなかった。それに、あのひとはおれを好きだといちども言わなかった。亡くなったのも、ある意味じゃおれが追い込んだようなものです。病死でしたが、無理やり医者に連れて行けば助かったかもしれない。あのひとはたしかに世間で云うところの性的にふしだらなタイプのひとでした。誰彼問わず寝ていた。おれ以外にも少しばかり触られたこどもはいたようです。世間では、彼…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 19話------
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     その指にかるく歯を立てると肩が揺れ、堪えきれぬようすで声が漏れた。悪くなかった。あわてて口を覆った仕種も。反応を窺われるさまが羞恥にかわり、頬や目許を鮮やかに染めていく血の逸りも。それらがこちらをも追い立てる。
     ところが、わたしの顔を見つめようとするのは応答のためではなさそうだった。わたしは、彼がなにか言おうと口を開きかけるたびに柔く、または強く指を舌で絡めた。逡巡があるのを見て取りながら、わたしはそれを傲然と無視した。問われたくなかった。いまこの…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 18話------
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     彼はうつむいていた。こちらを見なかった。握りこむには反応がなさすぎた。かといって手をはなしたほうがいいとも思えない。けれど、ほとんど添わせるだけに留めたじぶんの掌に、うっすらと汗をかいている現象が煩わしい。彼の手は、乾いていた。そしてとても冷たいままだ。 
    「……あなたの時間を奪うようなことしたくなかったし、あなたに、甘えたくないと思ってたから」
     搾り出すような声を耳にして、わたしは項垂れたままの彼をみた。泣いているのかと疑った。癖のある髪、染めている…[全文を見る]

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こんばんは。ようやく戻ってまいりました。
うささん、どうもありがとうございます! ではではどうぞお楽しみに☆

  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 17話------
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    彼が視線をもどす。麦茶を啜るわたしの顔を凝視する。いまにも溺れそうなひとの目をしていた。縋りつかれたほうが話は早いと感じて可笑しくなった。また、そんな理由で「夢使い」の研究を始めてしまう男がいる事実に驚いていた。わたしがそれで彼をどう思うのか考えたことがないのだろうか。
    「あなたがたは」
     わたしはそこで言葉をとめた。複数形にして、事を曖昧にするの…[全文を見る]

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うささん、どうもありがとうございます!

はい、来週くらいからやっと、やっと(笑)このはなしが彼らふたりのものだったんだっていう感じになると思います

このへんからの緩急の有り様と重量感にはそれなりに手応えあるので(←よく言った!)
乞う、ご期待☆

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-----『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 12------
 
 
 翌朝、わたしの顔を見ると同時に、おまえ家かえって寝ろ、と店長が顔をしかめた。夕方シフトに間に合うように来い。今日はシゴトはいってないだろ。頷いたのを確認し追い払うように片手をふった相手に頭をさげた。徹夜がこたえたわけではなく胃が痛む。気づいてみると、依頼人である彼女の極めてプライヴェートな事柄を教えてしまったのだ。知られなければいいという問題ではない。しかもその理由はまたしてもわが身可愛さにあって、誰のことも大事にしていない。じぶんの感情に振り回され…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 11------
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    「仕事の帰りですか?」
     自転車をおした彼の顔は見たこともないほど赤かった。わたしの視線に気づいてか、
    「おれのほうは会合のあと飲み会で」
    「べつに、それは」
     わたしは顔をそむけた。いま誰かと話したい気分ではなかったし、事情を問われて疚しさがました。それに、彼の動向に注意を払っていたと思われたようで癪だった。
    「家、こっからだとかなり遠くないですか」
    「平気です。もう遅いのでこれで」
     わたしは頭をさげた。けれど、彼は横に並んだ。
    「送ります」
    「わたしは婦女…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 10------
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     剥き出しの「階梯」を腕に抱えて夜の街を歩いた。彼女は電車に乗るかホテルに泊まると思ったらしいが、僕は歩いた。歩きたかった。二駅くらい、なんでもない。
     ひとしれず濡らした頬を夜風が撫でた。街路樹の枝葉がぶつかりあい、そのさざめきが肌をうつ。とりまく闇の気配が「覚醒」を促している。わたしはいつでも太陽の位置がわかる。あの黄金の車輪、そして銀の車輪たる月の満ち欠けもからだで識(し)っている。
     世間ではわたしたち「夢使い」は闇に属し、夜に生きると思っている。…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 9------


  • 「彼氏に連絡しなくて平気?」
     こちらの問いに、彼女は怪訝そうな顔をしたあと表情を強張らせた。その瞬間、僕は悟った。彼女の待ち人が恋人ではないことを。
    「……彼氏じゃないからべつに平気。不倫、だから」
     指先で目じりの涙をはらい、呆けたままの僕に続けた。
    「あちらは結婚してるの。そんなに驚くほど珍しいことじゃないでしょ?」
     僕を見あげた瞳はまだ濡れていた。何を言うともなく口をひらきかけたところで、
    「なにも言わないで」
    「けど、君がこれだけの用意をして……」
    「だから…[全文を見る]

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-----『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 8------
 
 
 彼女のアパートの玄関前に「標し」を立てた。視界樹の黄金と銀の枝木を二本、並べた。これにより、今夜ここに「夢使い」が寄宿しているとわかる、仕事中の看板のようなものだ。昔は縦に銀木(ぎんぼく)、横に金木(きんぼく)を渡した大きな「階梯」を設えたそうだ。次第に簡略化され、いまでは一尺ほどの枝木を使うだけのものとなった。とはいえわたしの師匠は三尺の枝木を、その祖父は屋根をも越える立派な「階梯」を立てたという。それは組合の資料館に納められたというはなしだが、わた…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 7------
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     「ねえ、うち、来ない? 来れるんだったら来てほしいの」
     翌日の朝、委員長から電話があった。開口一番それで、おはようも何もなかった。少々面食らったものの、初めての依頼の際、こういう切羽詰った話し方をするひとは存外多い。
    「今夜ですか?」
    「なんで敬語なの」
    「依頼かと思って……」
    「うん、依頼です。でも同級生なんだから敬語つかわないでよ。気まずいじゃない」
     気まずいのはこちらだと、彼女は気づかないふりをした。昨日やかつての失態をないものとして扱ってくれるものな…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 6------  
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     戻ってすぐ、店長がわたしのそばに寄ってきた。報告義務などないはずだが、問いたい気持ちはわからないではない。
    「……会社で、あんまりうまくいってないみたいです」
    「だろうな。あの年頃の子はたいてい昼は連れ立ってくるだろ。しかもあっちの通りにはここより大きなコンビニが何件もあるしな。もっとこじゃれた公園もある」
     ああ何度もだと気になってな。
     低く呟かれた囁きが肌に刺さるようだった。
    「昨日が初めてじゃなかったってことですか?」
    「おまえ、ひとの顔見てないよね…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 5------ 
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     依頼人は、たらふく食べる夢が見たいとおっしゃった。自分だけでなく、彼の一族郎党に大昔の貴族のように豪勢な食事を振る舞いたいと口にして、小さな杯を干した。さびしくておられるような気がして、すすめられるままに饗(きょう)された皿を綺麗に平らげた。
     昼前に、お礼の電話をいただいた。こちらに来るときには早めに連絡するので空けておくよう頼まれた。いい夢だったと吐息まじりに告げられた声に、昨夜から続く胃の痛みと腸の不調は払拭されたようだ。
     それから少しして、委員…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 4------ 
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     依頼人の職業や何かを、わたしは基本、記録に残さない。名刺は頂戴する。が、こちらから連絡をとることはない。ただし、忘れない。そのひとのことは。
     わが師の祖父は一万を超す人物に夢を饗したと謳われたが、そのすべての依頼人をことごとく憶えていたという。もはや伝説と化した偉業ではあるが、数はともかく同様に、わたしも彼らを忘れないと断言できるような気がする。
     だが、そのひとを忘れないと今わたしは口にしたが、わたしはそのひとのいったい何を憶えているというつもりなの…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 3------ 
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     一月ほど前、告白された。三月も終わりのことだ。気が動転し酷く礼を失する態度をとったわたしにも、彼は変わらなかった。
     その後すぐ、どういうわけかこちらの仕事、つまり夢使い稼業がうまくまわりはじめた。かんたんにいうと、ご贔屓客がついたのだ。この仕事は口伝てがいちばん確かで、どうやら店長の知り合いが口をきいてくれたらしい。前職の人脈があるのだろう。
     そんなわけで、これから赴くのはシティホテルだ。昨今は同宿することはなく、ホテルの隣室をとるのが流行りだそう…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 2------


  • 「で、何さ。ずいぶん親しげにしてたじゃないか」
     ロッカールームに入ってすぐ店長がやってきた。このひとはまたいつもいつもふらふらして……と呆れるが、意外に面倒見がいいことは知っている。エプロンを脱ぎハンガーにかけたところでこちらの肩に腕をおく。重い。が、払いのけようとしても無駄だろう。彼女のことが知りたいのだ。
    「高校の同級生です。彼女もそう言ってましたでしょう」
    「おまえさんが、故郷の人間のはなしをするのは初めてだよ」
     ため息になりそうな返答を察してか、肩の重…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 1------
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     わたしは夢使い。ひとさまに夢をあがなうのが生業だ。けれどまだ駆け出しの上、いまのように景気が悪い時代にはなかなか依頼者があらわれない。そんなわけで日中はコンビニエンスストアで働いてどうにかこうにか暮らしている。いっときは故郷に帰り師匠の御宅に身を寄せるべきかとかなり真剣に悩んだものだ。
     ところが、さいきんになってようやく本業が軌道にのりはじめた。そうすると、今までは二十代の男性であるためか夕方や夜勤のシフトを多くうけもっていたのだが、ちかごろは昼シフト…[全文を見る]