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超短編のことを語る

クローゼットの隅から、『2』と数字をふったドロップの缶を取り出した。
中にはシルバーのアクセサリーが入っている。
ネックレス、指輪、ピアス、バングル。ごちゃごちゃに入れられたアクセサリーは絡まりあって、どれも黒っぽく変色していた。
趣味は、と訊かれると、シルバーのアクセサリーの収集と答えているが、私はアクセサリーをつけるのが好きではない。
指輪とバングルに2本の形違いのチェーンが絡まりついているのを、ゆっくりゆっくりほどいていく。ピアスはキャッチをはずし、ひとつひとつ並べていく。
30分かけて、準備が整った。『1』の缶アクセサリーと…[全文を見る]

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鶏のモモ肉をまな板の上に乗せる。
包丁をあて、すっと手前に引く。肉が切れる。
羽根もない。骨もない。血もでない。
ふたたび包丁をあて、目を瞑り、すっと手前に引く。
肉を切る感触を覚える。
これは生きていたもので、今は食べ物だ。
ボウルに醤油とお酒と味醂を混ぜ、切った肉を放り込んだ。
手で混ぜ合わせる。冷たくやわらかい、肉。
片栗粉をはたいて油で揚げれば、香ばしい香りと共にからあげが出来上がるだろう。
冷たい肉は、ボウルの中で鶏の面影をなくして、味付けされている。

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春の雨は音すら輪郭がぼやける。
固い木肌に滴る雫は、眠れる芽をやわらかくほぐすのだろう。
だから、木の芽に免じて許してやろう。
ビタビタの靴をいまいましい気持ちで脱ぎ捨て、ストッキングをひっぱるようにして脱いだ。
雨は大嫌いだけど。

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春の風は図々しいので好きではない。
人の服の中に入り込んできて、素肌をさわさわと撫でてゆく。
なまぬるく、やわく、湿り気を帯びたその風に、すっかり全身をくるみこまれる頃、花が芽吹き、生き物が土の中から這い出てくる。
そして、私も所詮、ただのひとつの命だと知る。

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いつものように、姉が部屋に来た。
パソコンに向かう私の後ろで、黙って漫画を読んでいたかと思うと、ひとりごとのように呟いた。
「結婚することになった」
え?と振り向く。姉は漫画を読んでいる。
「結婚?」
「そう、6月…え、ちょっと、何泣いてんの!」
「わかんない…なんか急でびっくり、したし…お、お姉ちゃんが出てっちゃうの寂しいし…結婚、するの、うらやましいし…お姉ちゃんの彼氏も、うらやましいし…」
「何言ってんの」
「わかんない…」
姉が袖を差し出してくれた。
もう気軽にこの袖を頼りにすることができないんだと思うと、涙は吸い取られた端から湧いて出てきた。
「お、おにいさんには、この袖、貸しちゃ、だめ、だからね」

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「あゆみー」
母が呼ぶ。妹は今、出かけているはずだ。
「じゃなかったー、ももー」
猫は私の隣で寝そべりながら、耳だけをドアのほうに向ける。
「お母さんばかだね、あんたとあゆみの名前間違ってるよ」
「も……じゃなくて、みやー」
「どうしてあゆみの次がももでその次にあたしなのよ!」

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つきあって一年半、テレビを見ているときにぽつりと彼にプロポーズされる。式は挙げず、届だけを出す。男の子が生まれる。中古の一戸建てを買う。男の子がもう一人生まれる。軒下に住み着いた猫が子供を産み、2匹を我が家で育てることになる。娘が生まれる。長男は野球を始める。夫が浮気をする。新宿に着く。
私の夫になるかもしれなかった男が電車を降り、私も続いて降りた。彼の背中を見送りながら、「いってらっしゃい」と、心の中で呟く。そしてさようなら。

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駅の構内に、薄紅の花が散っていた。花びらの血痕。誰かは避け、誰かは踏んでゆく。
自動改札を通ると、足元に黄色のバラが横たわっていた。花びらがはがれていた。
私は黙って踏み越えた。花は黙って踏まれている。
花は黙って踏み越えた私を見ている。

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四角い、小さな画面と向かい合う。
たたたん、たたたん、たたたん。
今ここにいない人と向かい合う。
隣の人の頭が肩に乗る。その重みを不愉快に思う。
そして、それが「生身」だと思う。
たたたん、たたたん、たたたん。
身じろぐと、肩の重みがふっと軽くなった。
四角い小さな画面をしまう。
向かいの車窓に、隣の人の顔が映っている。その人は傾いで、今にも私の肩に頭を乗せようとしている。

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大喧嘩の末に電話を切った。脱力して床にねそべると、途端に涙がぼろぼろこぼれてきた。
ドアの隙間から猫の姿が見えたので、しゃくりあげながら呼んだ。
「おいで」
すると猫は珍しく、すたすたと私の方へ歩み寄ってくる。
なんてかわいい子なんだ、と感動した私の腹をのしのしと踏み超えると、猫はベッドに飛び乗った。

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寒くて目が覚めた。枕元の時計を確認し、中途半端な時間に舌打ちをした。
遮光カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
まだ仄暗い部屋では、床に足の踏み場もないくらい散らばった色とりどりの洋服が、花畑のようにもゴミの墓場のようにも見えた。
夢の島。
布団を肩まで引き上げ、目を閉じる。冷えた肩がぬくもりに包まれると、すぐに眠りの波が訪れた。
次に目が覚めたら、カーテンをきちんと開ける。日が昇れば、洋服はただの洋服になる。
あと少しだけ、夢の島で。

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前髪に火がついた。
ライターもタバコも投げ捨て、一瞬で炎をはらいのける。火はすぐに消え、あとには焦げたにおいだけが残った。
炎の残像が焼きついた目に、封を開けたばかりのタバコの箱が映った。机の上から私を見ている。ぎこちなく破られた口から声が聞こえる。
ばーか。おまえにはまだはやいよ。
制服が焦げなくてよかった、と思いながら、床に転がるタバコとライターを拾い、箱と一緒に鍵つきの抽斗にしまった。
胸にあった空洞は、すっかり姿を消していた。少し笑う。
鋏を探さなくては。
伸ばしていた前髪を、切りそろえるのだ。少しは視界も開けるだろう。

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信号で立ち止まると、娘が突然私の後ろに回りこんで、ぎゅっとしがみついてきた。
「どうしたの?」
暫くすると、今度は前に回ってきて、泣き出した。
わけがわからず、目線を合わせてゆっくりと尋ねた。
「どうしたの」
「お空が燃えてる」
そのまま、娘の目の高さから空を見上げた。
ビルの上に、赤々とした夕焼け雲が私たちを呑みこむように広がっていた。

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「ブース!」
「ブースー!!」
いきなり小学校低学年くらいの男の子3人に囲まれて、囃したてられた。
あまりの出来事に唖然としていると、子供らは途端に興味を失ったように、
「なんだよ、つっまんねーの!」
と言って、駆けて行ってしまった。
怒りのような、羞恥心のような、はたまた笑い飛ばしたいような感情が立ち上ってきて、きれいに縒り合わされた結果、私の口から搾り出すような声で出てきたのは、
「う、うるさいチビ」
という言葉だった。もちろん、本人たちの姿はすでに、影も形もなかった。

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失恋した日、泣き続ける私のために母が作ってくれた私の大好物のクリームシチューには、ニンジンと長ネギと里芋と大根とごぼうが入っていた。
「本当は豚汁にする予定だったんだけど」
多分、母の意図しないところで、涙が止まった。