今日は、帝都とエリゼ公国の格差みたいなものを象徴するのが、この、ルネの母親であるあたりをちらりと
公爵家の姫君たるエリスの教育係に任ぜられたのは、帝都出身の名門貴族の生まれであるからです
字の読み書きや簡単な計算くらいできるのはあたりまえ、古代の詩なんかも諳んじる、はたまたじぶんでもちょっとした詩くらい書けます、その他に刺繍みたいな女仕事もしっかりできて、踊りもおどれます、というのを「貴婦人」といいます
ルネサンス期のちょっとしたフィレンツェ商人は娘にギリシャ語ならわせるという恐ろしい記録(事実だ!)が残っているので、自分の名前が…[全文を見る]
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『歓びの野は死の色す』つれづれのことを語る
歓びの野は死の色すのことを語る
細かな文様
7
礼拝堂にいたのは宰相だけではなかった。
その御付がふたりと、そして、侍女に付き添われた母がいた。
記憶にある限り、彼女の風貌は変わらない。褐色の髪を高々と結い上げて鮮やかな孔雀色の衣装に包まれたすらりとした肢体は、私より若い女性だといっても通用するだろう。
そして、相対するとさらに若く、子供を生んだ女のようには決して見えないのだが、それは息子である私からはとてもではないが、口に出せることではなかった。
彼女はゆっくりとした足取りでこちらへと進み、私を見あげた。いかにも気の強そうに斜めをむいた眉がただごとな…[全文を見る]
florentine(磯崎愛)のことを語る
「小説にとって「物語」や「設定」は「結果」であって主題ではない。さらには「主題」と一般に言われるものも「結果」であって「要因」ではない。さらに「要因」と言われるものも「結果」であって「場」ではない。さらに・・・etc。もっとも、読者のあらかたはその逆に読むし大方の書き手すらそうだ」
「アレナスの師匠にあたるビルヒリオ・ピニェーラはゴンブローヴィッチの盟友だった。そんなゴンブロが滞在先のキューバを去り際に残した言葉がこれだ。「ラテンアメリカの作家たちよ、ボルヘスを殺せ」。かっこよすぎるだろ。」
「で、実際に「ボルヘスを殺した」ような、…[全文を見る]
florentine(磯崎愛)のことを語る
↓まあ、といいながら
ひとは「変わる」ものですけどね
そして、その「変わるもの」なところに堅牢さを求められるのがキャラの宿命だとおもう
だからこそ、
そのへんのとこをどう見せるか、魅せるか、なのだな
書き手のすることはそこ
連載小説更新しました!のことを語る
『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 10
http://karakusaginga.blog76.fc2.com/blog-entry-690.html
茶髪くん語り
いやーーーーーほんっとおおおにヒドイ、黒髪君がw
まあでも、そういうひとなので(なんというか、「そういうひとなので」ていうのをどこまで許容できるか合戦というのが、わりと現実においても「お付き合い」のほとんどを決しているんじゃないかとおもうのよね、わたし いやだって、そのひとの素晴らしいところ、美点なんてものは誰もが愛し得るので、そしてたいていそれらは表裏一体なのだ、困ったことに…[全文を見る]
florentine(磯崎愛)のことを語る
「私はふたたび手を彼女の手に重ね、少し握りしめた。私は、自分がとほうもなく破廉恥で、罪深く、卑しく、不幸であると感じながら、その場を離れた。私たちはたえず捨て去っている。私たちはそれほどまでに神々に似ている。愛とは何か。医療とは何か。」
「思い出とは奇妙な夢だ。忘却と人生は奇妙な花だ。私たちの生きる一刻一刻は奇妙な断片としてのみ漂い続ける。いったい何の必要があって、切断され、破砕され、解体され、難破するのか。 」
http://twitter.com/PQuignard_Bot
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難破、か
何処へもたどりつかず沈む船
florentine(磯崎愛)のことを語る
私信
時間と場所について、必要そうなところをお送りしました
よろしくお願いします
florentine(磯崎愛)のことを語る
「夢を見ることを忘れていたのはほかでもないじぶん、「夢使い」、わたしはいったい何者だ。 」
的に、
わたしは「わたし」をとりもどす
そうだ、わたし、べつに黒髪君でも茶髪くんでもなかったじゃん!(←お間抜け
嵌まりこみ過ぎ!!!
そんなわけで、今日はもどしてません(せつじつなじじつw 12月からつづいてた
わたし、ばかすぎる
florentine(磯崎愛)のことを語る
言語と生命
檜垣立哉
「ミシェル・フーコーが設定した生権力や生政治学が、当初ここまでの射程をもつにいたるとは、本人は想像もしなかったことだろう。だが概念とは、有効であればあるほど、「発明者」の思惑を越えて拡散していくものである。生権力は、もはやそれが何を指し示しているのかさえ規定しがたいものであるが、同時に二一世紀の思考の構図を描くときには不可欠の操作概念になったともいえる。それが今後においても有効な概念でありつづけるかどうかは誰にもわからない。しかし、哲学的思考が言語や意識を越えてその基盤に視線を向けるとき、そして政治や倫理と…[全文を見る]
『歓びの野は死の色す』つれづれのことを語る
きょうはね、きょうはね、地下牢だ!!!
てことで、
http://www.muian.com/muian06/06Piranesi.htm
ピラネージ『牢獄』展
2012年3月6日(火)~2012年5月20日(日)
会場: 国立西洋美術館 版画素描展示室
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/past/2012_232.html
この展覧会、よかったよーーーーーん
版…[全文を見る]
歓びの野は死の色すのことを語る
細かな文様
6
地下牢に押し込められた私に黒騎士たちは同情の視線をくれたが、ことばをかけるような愚かな真似はしなかった。
鉄柵の閉まる音を背後に聞き、排泄物の臭いのする暗く湿った場所を見渡して、どこの城もこういう処は同じようなものだと息を吐いた。
いや、拷問道具など置かれていない分、わが城のほうが剣呑だ。
独房であることと枷を嵌められたわけではないこと、それだけでも随分と寛大な処置といえるだろう。
エリス姫……。
闇の支配者たる女神の娘。
私は、オルフェ殿下が姫さまの行方を察しているに違いないと考えていた。
万が一、そう…[全文を見る]
花うさぎのことを語る
- ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 7-----
一緒に暮らしはじめて半年たったころにはもう、彼に抱かれることを期待するじぶんと折り合いをつけはじめた。明け方に仕事を終えて家に辿りつくと彼が玄関で待ち構えていた。服を脱ぐ間も厭うほど互いに欲しがった。今でも、仕事のあとはどうしても欲しくなる。
他の時であればどちらがどうという役割ではないはずが、いや、あのころはむしろ俺が積極的に責めていたのに「あがない」のあとはそうではなくなった。
はじめて後ろだけで達したときのことは嫌でも憶えて…[全文を見る]
ひとりごとのことを語る
ハイクで見て☆つけると、なんか落ち着くってあるよね
florentine(磯崎愛)のことを語る
ご褒美(!?)がもらえるお知らせが届く昨日今日!
て感じなのですが、
たぶん、
わたし、思ってる以上に疲れてるw
でもがんばれ
これよりもっと大変な日々が続くなかで書くのがプロ
チョットこちらを休んで
今日はこれから「歓び~」のほうを書く
少し、はなれよう
うん
http://shindanmaker.com/199820のことを語る
磯崎愛「好き!」 好きな人の返信「照れる…///」
うーん、こんな可愛いひとのこと好きだったことあるかしら、わたし
『歓びの野は死の色す』つれづれのことを語る
きょ、お、は、な~に、に、し、よーーーー、か、なああ
ていうかんじで、ほんとにここ書くの大変だけどガムバル!!!
えーと
昨日につづき、こんかいもお名前で(ほんとに書くのつらいんだな、わたしw
オルフェウス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%9A%E3%82%A6%E3%82%B9
オルフェです
いかにも、冥界と行き来がある名前ですみませんw
皇帝の甥の名前、シャルルマーニュ伝説にならうならつまり「ロラン」に相当するわけですが、このはなしでは死んだのに女神と結婚しちゃって子どもができるっていうトンデモさんなのがけっこう気に入っています
彼が、長男がいたのにオルフェの名前をつけられたのは、伝説のオルフェと同じく金髪に紫色のひとみだからです
そして、わりとわたしこのひとの気持ちはけっこうわかるのでした、ええ
歓びの野は死の色すのことを語る
細かな文様
5
オルフェ殿下はあたしをまっすぐに見て、口にした。
「貴女は帝国の姫君で、この国は帝国領なのです。ぼくは貴女に抵抗できるだけの力がない。貴女の、というより、陛下のご意向はもっともなことです。くりかえしますが、エリスを女公爵にして、その夫に親帝国派で武勇を謳われる名門ヴジョー伯爵を迎えれば、帝国としては安心していられるでしょう」
あたしは頷くこともしなかった。
彼は自分が死ぬことで何もかもがうまくいくと考えている。ただし、それはエリスが無事でいてこそのことだ。
あたしは月の君に信用されていない。《死神トト》を寄…[全文を見る]
florentine(磯崎愛)のことを語る
「作家は一冊の書物を書く。だが、書物は、まだ作品ではない。作品は、作品を通して作品に固有なある始まりの烈しさのうちに、存在するという語が発言されるとき、はじめて作品なのだ、つまり、作品が、それを書く人と読む人との内的なつながりである場合に果たされる出来事なのだ。」
「詩は―文学は―或る言葉に結ばれているようだ。この言葉は、中断され得ない、なぜなら、それは語ってはおらず、存在しているからだ。詩がこの言葉なのではない、詩はひとつの始まりであり、この言葉そのものは、決して始まらず、常にあらためて語り、常にくりかえし始まっている。」
「記…[全文を見る]
らくがきをする
florentine(磯崎愛)のことを語る
19はグダグダなままだけど、20終了
(いやここもグダグダなのだが、たぶん、完成度は後からあげられるはず
一発書きじゃなくても、だいじょうぶ
わたし、一発書きじゃないときはたいてい出来が悪いんだけど、たぶん今回くらいからはそれを越えられるはず!
三島とおなじ描き方から脱却したいのだ)

