街中の看板が事務員さんの名前だった模様。
「こないだ新人に事務員さん紹介しようとしたら名前が出てこなくてさ、『覚えてください!』って言われちゃって」
「へえ」
「…」
「なにモジモジしてんの」
「え?や、いま別のこと考えてたけど?」
無意識に天井に文字を書き続けるもちおであった。
つづく
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街中の看板が事務員さんの名前だった模様。
「こないだ新人に事務員さん紹介しようとしたら名前が出てこなくてさ、『覚えてください!』って言われちゃって」
「へえ」
「…」
「なにモジモジしてんの」
「え?や、いま別のこと考えてたけど?」
無意識に天井に文字を書き続けるもちおであった。
つづく
結婚してから奇妙な躍りや変な替え歌を披露してしまうようになった妻。
「ああ!わたし前はこんなじゃなかったのに!」
「俺色に染まったな」
大変なドヤ顔だった。
接待でベロベロに酔っぱらって帰って来た。
「飲み屋のお姉ちゃんに話すことないからさ、今日も俺はうちのカミさんの話をしてたんだけどね、写真を見せたら『奥さん、美人ですね!』って言うんだよ。だから俺は『それは違う』って言ってさ」
どんなに酔っていてもその基準はぶれない。
「はてこをこんなに好きでいてくれるのはもちおだけだよ」
「他は俺がみんな処分してるからな」
「もちお、サイン会ってしたことある?」
「あるよ」
「あるの?!」
「よくする。いろんな人が俺にサインしてもらいにやって来る」
「へー」
「サインするといろんなものを置いて行く」
お仕事お疲れ様です。
「明日ちょっと遅くなる。事務所の仕切りを外して部屋を繋げることになったんだよね」
「みんなが事務員さんを見られるようにしようってこと?」
「え!!」
「なに固まってるの」
「言われてみれば、そういうことになるよなって・・・」
誰が言いだしたんだ。
「でも『よくこんな雛壇まわしてるな』は褒め言葉だって」
「雛段?」
「バラエティ番組で司会者の後ろの階段に並んでるタレントのこと、雛段芸人って言うんだよ」
「ふーん・・・ぴよぴよ・・・」
「え?」
「お雛様の方かと思った」
「お雛様の方だよ?」
「もちおによくこんな人と結婚しましたねって言ったこと、『すまぬ・・・』って謝って置いてって。すまぬでいいの?って聞いたら『すみませんでした』って」
「・・・何かで、すませよ。許してほしかったら」
『私は悪霊と断固戦うことを決意しました。何としても家族を守らねばなりません。着の身着のままで車に乗り、家から脱出したのです。100万ドルで買った家は元の持ち主である銀行に売りました。1万ドルにしかなりませんでした。』
「逃げてる」
「銀行儲けたな。悪霊商法でボロ儲けだ」
「もちおだったらどうする?」
「燃やす。家ごと燃やす」
「どうせ住めないから?」
「そう」
何だかんだ先方を懐柔して順応するような気もする。
ディスカバリーチャンネルで悪霊に取り憑かれた家の話がやっていた。
勝手にスイッチが入る電子レンジ。いつの間にか開いている窓。キッチンの窓ガラスに映った人影に怯える妻、クローゼットから現れた不気味な影に悲鳴をあげる娘たち。
最後まで半信半疑だった夫は深夜の寝室で何者かに足首を掴まれ、枕元の銃を手に大声で警告しベッドマットをひっくり返すが何もいない。
「この旦那さん小心者だね。足首掴まれただけでこんなに狼狽して」
「そうだな」
「もちおだったらこんなに騒がないよね」
「俺はあれ?って思ってまた寝るな」
もちおは怪奇現象もさることながら、新婚時代に借りた部屋では数ヵ月で3度非常ベルが鳴ったが、一度も目を覚まさず避難もしなかった。
しかし妻が寝室から出ていくと確実に起きてガミガミいう。
事務員の女性が入社した。
「新しい事務員さん、どう?」
「きちんと仕事してくれるよ。みんな浮き足立っちゃって、用もないのに早く来たり事務所に長居したりしてさw まったく分かりやすいよ」
「ふぅん」
「社長の紹介だったんだけど、『愛人じゃないんで』とかわざわざ言ってたw 気を付けないと」
「そうなんだ…もちおはその人をかわいいと思ってるのね」
「え!や!…は、鼻がちょっと形が悪いからなー」
「他はいいんでしょ?」
「あーまー、一般的にはそう言われる顔だね!なんでわかったの?」
「顔立ちにうるさいもちおが一言もそこに触れないで周りの話ばかりしてればわかる」
「えーうーん、でも俺ははてこさんかわいいなって」
こりゃ相当ですよ。
最近仕事の接待で中洲へ行くことか増えた。
「中洲ってどんなところ?」
「女は酒を飲んだ男に泣かされ、男は金をとられて女に泣かされる。この世の地獄だな」
蟹工船か。
妻が足つぼマットを使い始めた。
「もちおも踏んで!」
「あ?いいよ。ホイホイホイホイ」
「なんで平気なの?!」
「一ヶ所に重さがかからないように分散して踏んでるからだ。 ホイホイ」
「ずるいよ!」
「極めれば針の山も越えられる」
目的が違う。
「はてこさん、ちょっとキレイになったね?」
「それはまつ毛パーマが落ち着いて来たっていうことですか」
「それ最初さ、セクシーダイナマイトなペコちゃんが黒の編みタイツ履いて『ププッピドゥ!』とかいってるやつあるじゃん?」
「ベティちゃんのことですか」
「そうそう!あれみたいだった!『困ったな、うちのカミさんがセクシーダイナマイトなペコちゃんになって編みタイツ履いたりしたらどうしようか』って思ったよ~」
ベティ・ブープ嫌いらしい。
妻、姑、義妹、甥介とショッピング。
「ばっば!ジュー飲む!ジュー飲む!」
「あらこの子疲れちゃったんだわ。わかった。いいよ、ジュース飲もうね」
「ジュー!ジュー飲む!」
「甥介は何ジューがいい?林檎のジュー?グレープジュー?」
「さっきはてこさんが甥介になにジューがいいかって言ったとき、俺は『鰻ジュー!』って思ったが、これを言ってはいかんと思ってこらえたんだ」
お昼時のことでした。
「かわいくないとか女としていちばん敬遠されるタイプだとかわざわざ言ってくる人たちなんなの」
「はてこはかわいい」
「女のうちに数えられようなんて図々しいって言われた」
「図々しくなんかない。むしろ謙虚で控えめな見解だよ」
「じゃあ実態は?」
「はてこはかわいいうえに美人でスタイルがよくてモデルさんみたいだし、心はキレイで天使みたいだ。それをかわいいだけに抑えているんだから控え目な意見だよ」
「よくそんなこと言うね」
「もちおは正直だからな」
妻転がし師範の実力ここにきわまれり。
「闇にかーくれってほ ざ く」
またダークサイドに陥っている。
「はてこは太れば美人なんだけどなあ。太らないなあ。どうしてかなあ」
よく考えたら結婚以来ずっと容姿を貶されている。
春の山を背に橋の上、風に向かって立つ妻を穏やかな目で見つめながらひとこと。
「やっぱり変な顔だねえ」
あれから一ヶ月、いまだまつげパーマ不評。
「バーバババーは今日もお出掛け。
朝も散歩に行ったのに。
『なに言ってんだい!今日は一度だって外に出ちゃいないよ!』」
疲れきった妻の「ばーばばばばー…」という独り言を引き取って。