定型文に笑顔を添えて紙袋を差し出す彼女の腕に薄い無数の傷跡を認めた瞬間、店員さんの皮がべろりと剥げ、私の前に一人の女が現れる。
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一行超短編のことを語る
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運が悪い一日のしめくくりに冷水のシャワーを頭から思い切り浴びてしまった時、不意に大声をあげて泣きたくなったけれど、涙は一滴も出ずに、髪から滴る雫だけがしかめ面を流れていった。
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薄暗い地下の隠れ場所、次々と客が去りいよいよ寂しげに隔絶された空間で、三本目の煙草に火をつける女の後ろ頭を見ていた。
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あの日出した一瞬の勇気が、今も私に初恋の人の笑顔と、春の空気と、十五の頃の鼓動を蘇らせる。
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失ったものを探し続けて、やがて何を失ったのか忘れて、とうとう忘れたことすら忘れて、私はようやく幸せになった。
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右足の親指に刺さった破片をピンセットで引き抜きながら、コップは割れたのか、割ったのか、考えてみたけど痛みでどうでもよくなった。
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置いていかれた洋服からあの人の匂いが消える頃、全部、全部、私の手で処分した。
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曇ったフロントガラス越しに世界は青く、音の消えた車の中で、ぬるくなった缶コーヒーだけが二人の間を行き来する。
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ぐうの音を出せるくらいの逃げ道は用意しておいてあげようか。
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吸殻が、彼女の口に出さない言葉を吸い取って、灰皿に積み上がっているように見えた。
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乗る電車全て待たずに乗れて、ヨーグルトが安くなってて、携帯の充電が家まで電池一個のままもってくれて、かばんのポケットから百円玉が見つかった、幸せな一日を反芻して布団に入る。
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私の言葉が彼女を一つも癒しはしないとわかっていたから、ケースの端から端までケーキを買ってみた。
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庭の定位置に停まったヒヨドリが目が合った途端いつもフンをするのは挨拶なのだと好意的に受け取ることにしている。
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鳴らぬ携帯をもてあそびながら、混じり合う猫の声をもうらやむ。
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その正当すぎる怒りと隙のない生き方と研がれた言葉がダイヤモンドのつぶてになって、私を打つよ。
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掌を走る無数の皺に読めない明日が隠れているかのように見つめてみる。答えはない。
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爪先で霜柱を蹴る、ささやかで美しい破壊も心を落ち着けはしないけれど、白い息を吐いて歩き出す。
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綻びたボタンの糸をそのままにして、今日が終わる。
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絡めた小指が折れてしまったのは、私の扱いがぞんざいだったからだ。
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開いたガビョウの穴に、何詰める?