チームがJ1に復帰した春の駒場で見たプレシーズンマッチ、先発起用された彼は特に記述する点のない守備的MFだった。
ただ目を引くほど大きなスパイクでタックルしたボールが不思議と味方の所に転がっていった。
結局公式戦ではほとんど出番のないままに浦和を契約終了となった彼は、その年に始まったトライアウトを経てマリノスに入団する。
そこでの彼は見違えるように輝いた。松田や中澤と肩を並べてCBの主力を担い、翌年のCSでは古巣を相手に決勝ゴールを奪って連覇に貢献したのだった。
河合竜二(コンサドーレ札幌)
解雇が産んだファイター、北の大地で再度チームをJ1に導くことを狙う。
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JLG44第1回総選挙ハイク支部のことを語る
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生まれ故郷に等しい広島に戻らなかったことで物議も醸した。
日本代表にも呼ばれなくなった。元チームであれば経験できたかも知れないリーグ優勝の美酒もまだ味わってはいない。
移籍の過程に筋の通らない部分はあったかも知れない。しかしこの男は行動を持ってスタジアムと関わり続け、社長自ら「萌えはいらない」と発言し、去年まで降格のプレッシャーに怯えて殺伐と怒声が支配しがちだった、あの赤いゴール裏に和みを定着させた。そして次の埼スタでも共に『We are Diamonds』を歌う。ありがとう。君が来てくれてよかった。
槙野智章(浦和レッズ)
『マッキーのマッキー』発売中だよ!
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サッカーは弟に誘われて始めた。一度は辞めたこともある、弟が引き止めてくれた。弟は双子でJ1得点王になった。
ユースからそのクラブで育った。世界的な名将とともにJタイトルを取ったこともある、だけどそのクラブを信じられなくなり大勢の主力と共に一度は去った。
それでも行き場を失ったとき、育ったクラブは暖かく自分を受け入れてくれた。
だからこそ、後一歩、後ほんの一点でJ1復帰の夢を掴み損ねたとき「今は切り替えることができない」と本音を搾り出した。
佐藤勇人(ジェフユナイテッド市原千葉)
自らのためクラブのため、弟の待つ、多くの支えてくれた人達が望んで止まないJ1へ、戦いは厳しくとも決して投げ出すわけには行かない。
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「終わった選手」としてJに帰還した彼は、ワールドカップ本番でベンチに追いやられるも影からチームを支え「精神的に未熟なのでスタメンでなければチームに入れられない」との風評を払拭してみせる。
そして代表のくびきから解き放たれ、新人時代と同じ番号を背負った彼は、その技術と空間把握力がいまだJ随一の存在であることをプレーで証明してみせた。
中村俊輔(横浜Fマリノス)
FKを蹴り終えた瞬間の芸術的なフォーム、静止画像ですら魅せる男。
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永井雄一郎も長谷部誠も細貝萌も田中達也も移籍した現在、純正浦和イケメンを担えるのはこの男しかいない。
鈴木啓太(浦和レッズ)
しょっちゅう髪形が変わり、ギャグも真面目もクールもホットもこなし、30を越えてからパスワークとドリブル突破に磨きを掛ける隠れた異才。もう一度、頂を掴め。
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f:id:ken_wood14:20120614002027j
<僕に被選挙権はないんですけど、やっぱり顔で選ぶんですか?