小学館『少年少女世界の名作・日本編6』「ゼロ戦の勇者」坂井三郎
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それでも、敵機は気がつかないらしく、ふつうの水平飛行でゆうゆうと飛んでいた。距離二十メートル‥‥。
『二十ミリ一発でおとしてみたい』
そんなことを考えながら、さらに敵機へ近づいていくと、敵機の操縦席がはっきりと見えた。まっ白い飛行帽をかぶった、大きなずうたいの男がすわっていた。頭を動かすようすもない。見張りをおこたるとは‥‥、この戦場をどういう気持ちで飛んでいるのか? いま、じぶんが殺されようとしているのに!
空中戦のさなかであれば、おたがいはただ敵がい心のかたまりみたいになって、くうかくわれるかの死闘をするだけだが、いまはちがう! 二十ミリの銃口がねらいをつけているのは、まさしく人間なのだ。わたしとおなじ生命をもった人間なのだ。
空中戦の感覚とは、まったくちがう。敵味方がいりみだれるときは、そんなことを考えるひまはない。くうか、くわれるかだけだ。
だが、いまは、ちがう‥‥。
わたしは、頭をふった。つまらない考えをはらいのけようとした。すると、またべつな考えがうかんできた。
『しかたがないんだ――。これが戦争というものなんだ!』
たとえ一機でもうちおとすのは、それだけ敵の戦力をそぐことになるのだ。それがわれわれの任務なのだ。
そう思ったときは、照準器から敵機がはみだしていた。やろうと思えば、わたしは敵のパイロットをうつこともできた。しかし、わたしは思いとどまった。
「もしも、これが反対におれだったら?」
わたしは、いやなかわいそうな気がした。たとえ敵でもうしろからうつのは、勝負師のすることではない。わたしはちょっと照準をずらして、左翼のつけ根をねらった。ぐっと、発射把柄をにぎっていた。二十ミリの弾丸が胴体のまんなかに命中したのか、数秒後には、大きくゆれた敵機は、胴体のまんなかから『く』の字形に折れてしまった。そのしゅんかん、目のまえに黒い影がおいかぶさってきた。
「あっ、あぶない――。」
さっと操縦かんを右手まえへ引いた。まっさおな大空が、目のまえいっぱいにあらわれた。あぶなく敵機にぶつかるところだった。
上昇しながら、下を見た。二個の金属製の物体が、たがいにもつれあいながらおちていった。
「落下さんで飛びだせ。」
わたしは大声で、おちてゆく敵機に叫んだ。
が、地上へ近づくにつれて風圧のために、二個、三個とわかれて、やがてばらばらの破片になって、わたしの目から消えてしまった。
落下さんは、とうとう飛びださなかった。
戦争とはいえ、その悲しさは、ひとごとではなかった。
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