「あいつみたいにならないぞ!」というのは
最初の着火剤というか
自立の一歩を踏み出すための、勢いづけにはなるけれど
だんだん、年を重ねて 自分の家族と生活を営むようになって
短期決戦的な勢いよりも「繰り返しと継続」のためのエネルギーがいるようになってくると
そういう憎しみの、負のエネルギーだけじゃ乗り越えられなくなった
日常を営むためのエネルギーは、やっぱり
たくさん与えられてありがたいなあ、という感謝や
あの人みたいになりたいなあ、こうしたいなあという
願いみたいな、「正のエネルギー」から生まれて、汲み上げるものじゃないかな って思う
