[村上][だれも痛みを引き受けていない]
「だれも痛みを引き受けていない」というのは、あるいは僕の言い過ぎかもしれません。中にはちゃんと引き受けていた人もいたはずだし、それは僕には断定できることではない。まあたぶん、多くの人は引き受けていないと思うけれど・・・・・・。
少なくとも僕は、「おそらく自分にはそういう痛みを引き受ける道が、今のところうまく見つけだせそうにない」と思ったので、そのような行動にはうまくコミットできなかったのです。これは一種の自意識の過剰なのかなと思わないでもありません。でも僕は何かのムーヴメントを「これは正しいものだからいい」「これは正しくないものだからいけない」というふうに単純に割り切っていくことができないのです。そうではなくて、「どうすればその正しさを自分自身のものとして身につけられるか」というふうにしか考えられない。そういう納得がなければ、簡単には動けない。たとえそれに長い時間がかかったとしてもです。「とにかく動かないことには意味がないんだ」というふうには僕はどうしても思えないのです。それはあるいは僕が学生のころに身をもって学んだことかもしれません。
「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」
※対談が行われたのは1995年11月
