id:nekoana は
ドアのブのことを語る

そうですね~、今、「海外」とひとくくりにするのはずいぶん雑だったなーと思いました・・・タハハ
村上作品が人気なのもホワイトバンドつけるのも、世界で見れば ほんの一握りのムーブメントなんだけど
日本は市場も人口もちっちゃいので ちょっとの人が盛り上がってるだけでも、相対的にやたら悪目立ちして見える っていう面はあるんじゃないかな、と

で、村上作品の評価も、ホワイトバンドも
日本に持ってくるときに、なんか大事な芯が抜け落ちちゃった気がするんです、
理念というか核というか そういうものが。
漠然としか説明できなくて申し訳ないんですが
 
村上氏の いろいろな国際紛争に対するコメントとか、対談やエッセイを読むと
「文学には政治とは別のやり方で、ひとびとの内側から世界を変える力があるんじゃないか」っていう
信仰とまでいかないまでも 「なるべく、そう信じたい」という思いがある人なんですよね
本を読むのは個人的な営みだけど、同じ作品を読んだ人たちが魂や世界を共有できたら・・・みたいな話をしてたりとか
ただ書くことで稼いでる人間じゃなく「今僕はこれを書かねば」という使命を帯びてやっている、という意識とか
「使命」っていう言葉は、人間を超える何者かの存在を認めなきゃ 出てこないわけで
とても宗教的(とくに一神教的)な考え方だなー と思います
「自分以外の大きな意思によって書かされる」とか、「使命を負って創作活動をする」っていう発想は
なかなか日本では出てこない、受け入れられにくい、けど
海外の いろんな分野のクリエイターには、めずらしくない行動原理な気がして
外から見ると そゆ人が、なぜか日本というまったく違う文化圏から出てきたぞ、
という驚きがあるのかな? って思いました

(わかりづらい文でスイマセン)