たまたま街で会ったダメ親子を見て「しつけがなってないなあ、ひどいなあ」と
後でつぶやくことが ワタシにもあるけど
ワタシたち他人にとっては たまたまその日そのとき、運悪く出会っただけの
ダメ親子の日常は 誰も見ていないところでもずっと続いていて、
どんなひどい子のそばにも、その親はずっと一緒にいるのだよね
「客観的」に、「冷静」に、「ありゃダメだ」「親はこうあるべき」と批評する行為と
ダメな生活を当事者として格闘し、営むことの間に 深い溝がある気がする
子どもを死なせることなく暮らしているだけでも勘弁してくれ! と思うこともある・・・
