フロイトが 若い女性の精神分析をしていく中で
「幼い頃に父親から性的虐待を受けた」 ということを告白する人が たくさん出てきたけど
告白が事実と違ってた例も、たくさんあったらしいんですね
なぜ当時たくさんの女性が、揃ってよく似た「こころの現実」を捏造したか? というところを
追求していく中で その後の臨床心理学が発展していったそうなのですが、
つらいことを 忘れたり、楽しい記憶に置き換えるなら わかるけど
えてして、ちょっとしたことを すごい人生の大事件に膨らませて悲劇にしてしまうことが多くて
例えば
「いじめられたせいで人嫌いになった」
「親の愛情や保護が足りなかったので性格が歪んだ」
「こんな失恋をしたから異性が怖い」
・・・みたいな 記憶のいくらかは 事実じゃなかったり、他の要因もあったり
ハッキリした因果関係なんて わからないことだったりする
でも、なんでそんなツライ方向に「物語」を作って それを大事に「保存」しているのかな
どこかで「こうだったから、こうなった」という わかりやすい因果関係を強烈にほしがっていて
それを見つけると「だから私・オレは、こういう人間になってしまった」という自分なりの納得の落としどころというか
安定を得た気分になれる のかもしれません
よくわからないモヤモヤした本物よりも、わかりやすい悲劇の上の安定が心地いいのは 何となくそうだなって思います
きっとワタシも、そういう「都合のいい悲劇」を いっぱい作っているんだなあ・・・イタタタ
長文シツレイシマシタ
