id:nekoana は
ドアのブのことを語る

あたまがよい(なにをもってよい、とするかは人によってちょっとちがうだろうけど)、ということじたいは
なにも悪いことじゃないのに
あたまがよい本人はそのおかげで、あまり愉快なおもいは
しないのではないか

ワタシはちいさいころは よく
「頭いいね」って褒められる子どもで
褒められたから 素直に喜んでたけど
年をへるにつれて いろいろぶつかって
「あたまがいい」ことは、なるべく奥ゆかしく慎ましく、かくしておかないと
思わぬところで誰かの心をとげとげさせたり
あたまがよさそう、といわれることをしてめだつと
嫉妬やいじめの標的になりやすいことを知った
「ほんとう」のこと、的をえたことをそのまま言ってしまうと
おとなですら、ひどくうろたえたり、激怒したりすることもわかった

そんなことでつらくて
自称・普通の人の母と話すと、よく
「高尚な、現実ばなれしたことを考えても日常生活の何の役に立つのか。目の前のことを片付けるしか人間やることはないじゃないか」
「記憶力がいいと嫌なことも忘れられなくて大変ね」
「頭でっかち、行動が伴わない」
「知識は立派だが、経験がないから知恵がない。気働きや臨機応変を身につけるのが大事」
と指摘をうけたり

なんだか
とくべつ苦手もなく、ひいでたところもなく
まんべんなくそこそこ、なひとがいちばんたのしいのかなって
私の周りの人は、べつにそう教えたわけじゃないけど
なんだか そんなふうな処世術をインプットされてきた気がする
だれかがわるい、ってわけじゃなく
みんなの視線や言外から、なんか社会ってそうなんだ、というのを学んじゃった感じ

現に今、こうして
「あたまよくても、あまりいいことない」と
ただ言いたいだけのひとりことも
頭よくない、というレッテルにくるしんできたひとを傷つけるんじゃないかと
へんに緊張してしまう