的確な叱咤を人に与えるおじさんが自分自身も実はそれを実行できていないと知られたとき、
「人格者」は「ただのお説教好き」になってしまうのか、
それとも叱咤力は叱咤力として評価し、個人の性質とは分けて考えるべきなのか。
芸術家と人間性の話だともっとシンプルなのだけど、それと同じでいいだろうかと思いつつ、そこでユーモアが大事になってくるなと思った朝でした。
朝おはようのことを語る

的確な叱咤を人に与えるおじさんが自分自身も実はそれを実行できていないと知られたとき、
「人格者」は「ただのお説教好き」になってしまうのか、
それとも叱咤力は叱咤力として評価し、個人の性質とは分けて考えるべきなのか。
芸術家と人間性の話だともっとシンプルなのだけど、それと同じでいいだろうかと思いつつ、そこでユーモアが大事になってくるなと思った朝でした。