横から失礼します。
これをわたしが述べてしまうのは色々どうかと思うのですが(大汗)、男性は、どこかで「主体」であることを手放したくない、または手放すことが恐ろしいという堅固な脅迫観念があるような気がします。というか、何人かの男性たちから聞いたことがあります。
「オトコ」を降りない、というのでしょうか。
または「人間」を降りないと極言してしまいたくなるのは、わたしがミサンドリーが酷いヒトでその偏見のせいだということにしてやってくださいまし~~~~
それから、たぶんご存知でしょうけれど、同性である男性を「愛玩」ということになると、ギリシャ時代の男性たちは、「愛するもの」と「愛されるもの」という役目を振り分けていたようです。ただこれも、いちど「愛するもの」に昇格してしまうと、「愛されるもの」に戻りたいと思うのは善くないとかいうような思想があったような。
出典明らかにできないのですが。
ある意味で、愛情の格付けやらヒエラルキーは同性愛でもあったように記憶しています。
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