ネット上で長期間にわたる異様な誹謗中傷や侮辱が行われているのを見て、「関わるべきではない」と思いつつ、どうしても許せなかったため、よく使う2つの考え方を提示して「沈静化」を試みた。①その物事について適切・不適切(合法・違法)を判断するための根拠とは何か?②それが適切・不適切と判断する客観的な証拠は何か?ぼくは法律には疎いけれども、この2つがないのに、公然の場で他人を「不適切」や「違法」とすることは民法・刑法に抵触する可能性があるがよいか、と。しかし、ネットの人には伝わらなかったため、時間をかけて法律やルールに沿った正しい対応をした。
で、難しい話になるんだけど、後から、その人を異様な行動に突き動かしているものは?と考えたら、理由は「正義(相手が不適切・違法だと信じているから)」だった。そして、ぼくの行動も「正義」に駆られたものだった。ぼくは、個人的に世界中でいま起きている戦争の原因は「正義(お互いが相手が悪いと信じているから)だ」とずっと思っているんだけれども、自分自身も「自分と考えが違う人は『悪』だ」と言いたいのだなと震えた。
ぼく自身の解決方法は「(自分自身が『悪』と信じて疑わないものも含めて)この世界や宇宙は凄まじく複雑な繋がりや関係を持って成り立っていること」を想像することだ。イエローストーン国立公園のオオカミの話や臨済禅の「無分別の分別」という考え方に近い。「そうか、彼も『正義』を抱えて、怒っていたのか…」と、だいたい自分がやったことは自分のところに帰ってきて、深く反省させられるのだった。
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