日本でのジャズの変遷について知ろうと、江利チエミについて調べていたら、ウォン・カーウァイの『花様年華』のテーマ曲である「キサス・キサス・キサス」というオシャレな曲を歌っていて驚いた。
調べてみると、戦後しばらくの間、海外の楽曲は全部「ジャズ」とされていたようだ。よく考えると、ブギブギ(ブルースのサブジャンル)も、テネシーワルツ(カントリー)も、マンボやサルサ(ラテン音楽)も、「ジャズ」ではない(が戦後史ではジャズのように理解されている)。で、当時の最先端の洋楽を歌って取り入れる一方で、6、70年代まで日本では民謡をしっかり歌ったり聴く文化が残っていた。ここから「しっかり異国の楽器やリズムが入ってるけど、めっちゃ舞台や心情は日本」という歌謡曲が誕生した一つの流れを感じるのだった。
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