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自分(id:happysweet55)のことを語る

パール•バック『大地』四巻目読了。2日で読むはずだったのに、4日かかってしまった。
三巻目くらいから、近代自我の話を扱うようになって、話の流れが急に重くなるのだ。
あとの人が読むために参考に書いておくと、
•一巻目「土の家」は貧しい百姓の王龍が、いかに妻•阿蘭と機知を使って、土地を広げていくかって話。
言い換えれば、いかに天災や匪賊に煩わされず、喰えるようにするかってことがメインテーマ。
•二巻は「その子たち」は王龍の三人の息子の話。特に、三男•王虎の冒険譚と、「愛と孤独」の物語。
この辺り、マルケスの『百年の孤独』と結構似てるなあと思うんだけど、どうだろう?
暇な人は、物語の骨子や語り口とか比べてみると、面白いかも。
•三巻は、半ばまでが「続その息子たち」、後半が「分裂せる家」。
王虎とその息子•王淵の「父と子との衝突と葛藤」がメイン•テーマ。
辮髪の王龍が、鍬を担ぎ、田畑を肥やしてた時代から50年くらいたってて、
「生きること(自分であること)」と「喰うこと(金を稼ぐこと)」が乖離し始めてて、息苦しくなる。
•四巻「続分裂せる家」は父を逃れて、新大陸へ留学した淵の話。
テーマは、「近代と現代の葛藤」。
「うわあ、これ今とあんまり変わらへん」っていうような挿話がいっぱい出てくる。
結論からいうと、チェーホフの『桜の園』よろしく
「時代は、その時代の若者たちがつくる」ってところでこの話は終わるんだけど、
あと数年で人生の半ばに差しかかろうとしてるぼくにとっては、
今までの日々とこれからの日々を眺めるには、ちょうどいい話だった。
でも、辛いな。物語の最後で、王淵は27、8歳で、上にあげた四つぐらいのテーマや葛藤を
解消する手立てを掴んでるのに30を過ぎても、ぼくはまだ掴めてないのだ。
あるいは、これらの問題は永遠にぼくらにつき纏うものなのかもしれない。
あらゆる不安、苛立ち、葛藤へ立ち向かう心を失くしはじめた時に、
ひとは時代に流され、老いはじめるのだ。そうぼくらは学ぶこともできる。
さて、ぼくは、あなたは、どちらだろう。立ち向かうものか、それとも流されるものだろうか。
(小学生の読書感想文っぽくしめてみた)