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勝手に引用のことを語る

人間の変貌の奇蹟を、一旦こうして目のあたりにした以上、私自信も多少変わらざるを得ませんでした。自分を確乎たる人間と信じる私の素朴な確信は、不安にさらされて自からわざとらしいものになり、確信であったものが意思に変わり、自然であったものが当為に変わりました。尤もこのことは裁判官という私の職業に或る利得をもたらしました。犯人を扱う場合に、いわゆる応報主義と教育主義、人間性に関する悲観論と楽観論の、どちらにも偏ることなく、ある状況における人間の変貌の可能性を信ずることができたからです。
三島由紀夫「豊饒の海」第二巻『奔馬』