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モラハラのことを語る

リベラル嫌悪の背景にあるものとして、例えばそこにある近代的観念の多くがもともとこの国にはなかったものだからだと言う意見がある。
たしかにリベラル嫌悪の系譜として蛮カラのようなものを挙げることはできるだろうし一考に値すると思っているが、一方でその土地にもともとなかった観念が導入できないものとすることにも違和感があって、だとすればより馴染みやすいものとして儒教や仏教を持ち出すこともできないと思うし、だいいち今みんな喜んでスマホとか弄ってるやんてのも説明つかなくなるんじゃないのかなとか思っている。
どちらかと言えば言語化しにくい嫌悪感、恐怖、不安などをとりあえず象徴化し依代とする対象にそれが選ばれやすいってことはありえるのかなとも思う。
んで、その言語化しにくい嫌悪感の原因になりえるものにモラハラがあるんではないのかなって思うんだけど、このモラハラと言うのが大変扱いにくいもので、そうであるが故に言語化の困難をはらむものになるんじゃないのかなとか。

いやさ、「モラハラはいけない」のならば、「モラハラをするのはやめろ、とか言うモラハラをするのはやめろ、とか言うモラハラをするのは…」と言う無限ループになるじゃない?
このへん実のところ言語化不可能なものを含んでいるのだと思う。
モラハラをあえて定義するならば、あるモラルの共有が期待できない状況で、それを共有しない者を一方的に怪物視しすぎることとなるのかなと思うんだけど、この「しすぎる」とはどの程度のことなのかとか、「状況次第じゃない?」みたいな風にしか言えんかったり、そこにある愛の形は?みたいなものが出てくるもんだったりで。
んであるモラル違反から耐え難い苦痛を受けている場合に、そのことに対しての苦情すら言えんのかよって、いやそりゃ言うべきでしょとも思うわけなんだけれど、ともかくコミュニケーションのプロトコルがあまりに意外な形になっている人ってのも珍しくなかったりするわけで。