先日購読しているとあるYoutubeのチャンネル、そのチャンネルは直接的に政治や社会について論うものではないのだが、とある政治家の選挙運動のボランティアが夫人との馴れ初めだと語られた。
ここではその政治家の是非について問わないが、ふと思ったのはそういう自分の人生の、しかも良いものであってほしいと言う節目に関わった政治家についてどの程度批判的に見ることが出来るのだろうかと言うことだった。
もしその政治家が呪わしい存在と思えるほど愚かだと思えると、この場合なら夫人や子供たちとの関係までがなんだか呪わしいものに感じてしまえるならば、おそらく彼は自らの家族を祝福するために、その政治家を祝福し続けるのではないか。
もちろんこれはちょっとした気の持ち方で変えられるものだけど、多くの人々は政治や社会についてさほど関心をはらわないのだからそういった気の持ち方を変える切っ掛けに出会うことも難しいだろう。
これは縁故的な強者や、何代も続く結束の強い宗教団体に推された政党が強い所以でもあると思うが、それが批判的態度をとることを難しくするものならば、やはりそれは民主主義に仇なすものではないだろうか?
政治勢力の作られかたのことを語る