ずっと冬のヨーロッパの景色が頭に浮かんでは消える半日だった。オランダ=ドイツをまたぐ高速鉄道の車窓から見る雪原、雨の中を走るチェコ行きのバス、丘の上から見た夕焼けのプラハの赤いレンガの街並み、スメタナの描いたブルタバ川(現地語ではモルダウはこういうのだ)。運がいいことに、ぼくは30歳そこそこで大きな仕事に成功していて、生活も安定していた。なので今しかないと思って、社長に直接談判して、青春時代の自分を連れて、ヨーロッパへ小説を書きに行ったのだった。でも、ぼくは彼と一緒には、チェコの峠を越えることができなかったのである。ドレスデンのホテルに泊まった日の朝に、「もうぼくのことはいいんだよ」というような感じで、ずっと自分の中で大切にしていたものが消えてしまったのだった。その後の旅も楽しかった。けれども、いつもくるりの「ジュビリー」という曲を聴くと、念願だったチェコへの入り口で、息を引き取った自分の青春を思い出す。なんで、そこで自分の青春が死んでしまったのか、当時はよく分からなかった。けれども、今はちょっとだけその理由が分かる。「お前は、俺のことを忘れて、もう前に進まなきゃいけない!」と彼はたぶん必死で言っていたのだった。10年近く経って、それが分かって嬉しい。それから悩んで迷って必死で道のない人生を歩いてきた。「その命を、ムダにするまい」と思う。あと少し、頑張ろう。おやすみなさい。
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