あの頃は中国の大連で生活していました。
徹夜仕事がようやく終わってホッとしてはてなハイクを見ているときに、そのニュースが舞い込みました。
その後は被災地の状況、原発の状況への心配と異国にいて何も出来ない無力感と罪悪感を覚えながら生活していました。
そうした心情を紛らわすには仕事に打ち込むしかなく、通常の三倍のペースで仕事をしていました。
今でもまだ自分の中では「終わっていない」ので、毎年の311関連の報道はあえて無視しています。自分の中で区切りをつけたくはないので。
3.11のことを語る