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自分(id:happysweet55)のことを語る

メソポタミア文明の中でも、最古かつ謎なシュメール文明が生まれたユーフラテス川とチギリス川の合流地点には「アフワール」という大湿原があるらしい。で、ここは古代から現代まで、戦争に負けた人や政治犯、マイノリティな人々が逃げ込む避難所になっていたらしい。ものすごく高い葦が生い茂り、自然の複雑な水路が張り巡らされたアフワールには歴代の政権も手出しできなかったらしい。地図に記されている川を詳細に見ていると、おそらく戦国時代まで日本の平野と呼ばれる場所にはよく氾濫する蛇行した川と広大な洲のような地域が広がっていたんだろうなと思う。人の語るところによると、織田信長を苦しめた石山本願寺も淀川と旧大和川の合流地点に近く水を武器にした強力な豪と土居に守られた砦だったらしい。石山本願寺はのちの大阪城になった場所で、どのくらい掘が巨大で強かったかは想像できる。そして、何万人もの一向宗門徒がここに集まったのも、その時代のアフワール的な場所だったからじゃないかと思う。そんな感じで、日本人は蛇行して氾濫する川には堤をつくって、湿原を干拓して街をつくり、川はなるべく真っ直ぐに流れるようにしてきたのだった。「何でこの川には滝のような堰堤が鬼のようにあるのだろう?」と思って地図を見てると、ありえないくらい真っ直ぐな流れであることに気づくのだった。こんな風にして、日本という国は社会や戦争に負けた人やマイノリティな人々が逃げ込む湿原のような場所をどんどん干拓しているとも言える。そして、人間も川と同じように曲がりくねって、沢山の砂州や湿原を生み出す自然と同じだと思うぼくは、用水路のように真っ直ぐな流れがある場所にそこはかとない違和感を持つのだった。