BOSJ32決勝戦をみて
YOHはケイオスのお弔いをしたんだと思いました。
試合前に「極上のケイオスを見せてやるよ」と言っていたときはなんかこうもっと観念的なことだと思っていたのですよね。ほいでオカダシルエットのガウン(注:Ziploc製)で入ってきた時に「あ、そういうことなん?」と。オカダを完コピした入場ぶりですよ。
そして元ケイオス所属の先輩達の代表技を次々とコピー。
試合後に聞こえてきた声によると、主にケイオスファンから大きな支持を得たようでしたね。
勿論、これでいいのかい? って感想もあるかもしれないですよ。SHOの声が聞こえるようです「お前、女々しいんじゃあ!!」ていうね。それもしかりだ。
しかしながら、あれが支持されるには背景があります。
今ちょと原典が見つからないので曖昧で申し訳ないのですが、確か辻選手だったか、こんな意味のことを言っていたのですよ「伝統あるケイオスというユニットをあんな(なし崩しのような)感じでなくしてしまっていいのか」とね。他のことも合わせて状況に異議を申し立てる文脈だったと思います(辻選手はそういう人だからそれでいい)。本当に解散でいいのか、解散するにしてもそのやり方でいいのかということをはっきり問うていたのはこれくらいだったと思います。もうヒールユニットでもないし実態は本隊だったじゃないのとか、チャンピオンの後藤がいいって言ってんだからとか、社長の判断なんだよとか、色々と正当化できる根拠はありますが、もっとちゃんと議論したってよかったのです(尤も表に見えないところで話し合いはあったのでしょうが)。選手もさることながらお客さんの中にももやっとしていた人はいたと想像できます。
団体運営のためにユニットの再編は折々に必要なことでしょう。私としましてもケイオスは形骸化していたと思うのでユニット解体は妥当だと考えるものです。ただ、そのことと当事者の気持ちはまた別ってことでね。ちゃんと総括するっていうか片付けるっていうか、何かしら過程が必要な人もそりゃいるよねってことですよ。
私はぐるぐると妄想しましたよ。あの試合開始間もなくの怪我という非情な結末に終わってしまったSHOとのタイトルマッチの前、色々仕掛けていくなかでロッポンギ3K時代の金色のジャケットを持ち出してきたYOH に対してSHOが投げつけた言葉が「女々しいんじゃあ!」だったわけですが、もしかするとYOH はあの時に「ああ、自分って女々しいのかあ」って気づいたんじゃないですかね。ほいで女々しい自分ってどういうことだろう、これの中身はなんだろう、って腑分けをしていったんじゃないですかね。その結果「うん、そうだ、俺は女々しい。そんな自分を目一杯表現しよう」と思いついたのではなかろうか。
思うにそれは、自分を取り巻く環境や立ち位置が自分で決められるものではないという現状にちょっと理解や納得が追い付けないって体感だったんじゃないだろうか。常に何か忘れ物してきたような感覚というんですかね。現状が嫌で受け入れられないってほどではないんだと思うんですよ。今は今で充実してるし頑張ってる。この仕事を続けられてるというのはそういうこと。ただそれまで魂込めて熱中していたものをスルーっと終わらされたらなんかなあって思うのは不思議じゃないですよ。
色んなことがあったよね。やろうとしたことがうまくいったりいかなかったり。自分の適性と仕事が噛み合ったり合わなかったり。よりにもよってのタイミングで怪我したり。さらには自分の鍛練と工夫だけではなんともしがたいその時の会社の事情。観客動員と収益の具合や退団する人たち。そのさらに外側には大きな社会状況。パンデミック、世界情勢、経済。それこそ自分でどうしようもないことに規定されるのが興行という仕事。
そんな日々の中、試合でタッグを組み巡業中は同じバスに乗って過ごす先輩たち。プロレスラーとしての成長期をそこで過ごしてきたこと。色々故障もあって気がついたら「僕、来月で37才になるんですね。37才になるんですよ(BOSJ32記者会見より)」ということ。
俺のケイオス時代とは何であったのか。色々考えて確認してそれを表現した決勝選。それを私は「彼はケイオスのお葬式をあげたんだ」と読みました。最後に出そうとしたレインメイカーが敗因、でもあれは出さんといかんかった。
つまづいても前に進むしかない、それはそうなんだが、何につまづいたのかちょっと考えさせて欲しい、そんな人間もいるんですよ。
というところで、自分がいつもけっつまづいて前に進めないんだよなあってことに思いを至らせました。そしたら胸が一杯になりました。
これがプロレスを観るという経験ですよ。その醍醐味ですよ。それを忘れた頃にこういう試合があるんですなあ。