父のアトリエには、いつもタバコと油絵の具の匂いが立ち込めていた。
そして父はいつも難しい顔で巨大なキャンバスに立ち向かい、一心不乱にロープの絡まりを描いていた。
くしゃくしゃに握りつぶされたマイルドセブンのケースが床のあちこちに散らばっていて、
それを集めてはゴミ箱に捨てるのが、幼かった自分のできる唯一のお手伝いだった。
「タバコっておいしいの?」と聞くと、
帰ってくる答えは、決まって「大人になると分かる」という一言だけだった。
そうしてマイルドセブンをふかしながら再び絵に向かう父の背中が好きだった。
一番近くにいて、一番格好良かった大人だった。