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quadratus (★)のことを語る

旅行記
実はわたしは犬が嫌いだ。(あと驢馬も猫も鶏も猿も雉も象もライオンもそれからあらゆる昆虫的なものもぜんぶ。)
というか怖い。気持ち悪い。いやきびわるい。
表象で遊ぶことはできる(昆虫を除く)。ハイクで読むのは不思議に楽しい。友人が飼っている犬だの猫だのの話を聞かされるのもまあ我慢できる。
でも現物が近寄ってくるのだけはまじ勘弁。

南フランスの町の旧市街を散歩していてちょっと素敵な袋小路を見つけて半分くらい入って写真を撮っていたら奥から不意に大きな黒い犬が出てきた。
ほんとに真っ黒で頭がわたしの肘くらいまでくるがっしりした犬。首輪も何もしてない。
避けようのない狭い路で、犬はわたしから数センチのところを通り過ぎながら少し止まって匂いを嗅いだ。
犬の鼻面がわたしの腕に触れた。
わたしは息を止めて硬直し叫びそうなのを堪えながら犬のほうを見ないようにして早く通り過ぎてくれと願った。
結局犬は声ひとつ立てずゆっくりゆっくり歩いて袋小路を出ていった。
それを背中で感じながら犬が完全に角を曲がってしまうまで耐えてから振り向いて、まずそっと通りを覗くと強い日差しの中を犬がゆっくりゆっくり駅の方に歩いて行くのが見える。
わたしはするっと反対方向に出て、走るな、振り向くなと自分に言い聞かせながら少し歩いたけど我慢できなくなって雑貨屋さんに飛び込んだ。
しばらくして心臓がばくばくいってたのが治まったので出ようとしたとき通りから人声と激しい犬の鳴き声が聞こえた。
お店から頭を突き出すとバカンス気分で浮かれた10代後半の男の子が数人、駅の方から大声をあげながら道いっぱいに広がって歩いてくる、その真ん中にさっきの犬がいた。
男の子たちは犬を取り囲んで囃し立てけしかけては大笑いしている。
怒った犬が一人に向かっていこうとすると背後から別の子がちょっかいを出すので犬はぐるぐる回ってしまう。
回りながら必死で吠えるほど男の子たちはいっそう面白がって騒ぎ立て、犬は煽られ目を剥いていっそう吠える。
そんなふうにひとかたまりになって通りをこちらに近づいてくる。
ふと気がつくとお店には反対側にも出口があった。
わたしはヘッドフォンで耳を塞いでそこから出て、もうどこにも寄らないでホテルに戻るバスに乗った。
煽られ混乱させられ怯えさせられて吠える犬が気の毒で悔しくて腹が立ってならなかった。
部屋に帰って犬に触られた右腕を洗った。