【いま読んでる本】【勝手に引用】
話し手はウェストミンスター聖堂参事会長をつとめる偉大な聖職者、リチャード・シェネヴィクス・トレンチだった。おそらくトレンチ博士は、実在する他の誰よりも言語協会の崇高な野心を体現していた。彼が二〇〇人にのぼる他の会員の大半と同様に確信していたのは、英語が世界中に絶え間なく普及していくかに見える当時の状況の背後に、ある種の神の定めがあるということだった。
神ーーロンドンのこの階級の人びとには、当然ながらイギリス人であると考えられていたーーは、英語の普及を大英帝国の支配に不可欠な手段として認めていたのはもちろんだが、そこから議論の余地のない必然的な結果が生じることも認めていた。つまり、キリスト教が世界中に発展していくことである。英語が普及すればキリスト教も広まるという考え方は、きわめて単純であり、全世界のためになると信じて疑われない信条だった。世界に英語が普及すれば、人びとはそれだけ神を崇拝するようになると言うのだ。(そして、プロテスタントの牧師にとって有用な意味も含まれていた。英語がローマ・カトリック教会の言語的な影響力をしのぐことができれば
、それによって二つの協会がある種のーー英国教会が優位に立つーー再統合をはたせるかもしれないというのである)
したがって、言語協会が明言する役割は学問的なものだったとしても、トレンチ博士をはじめとする聖職者が目指す非公式の目的は、極端に愛国主義的だった。たしかに言語学上の問題が真剣に討議され、「パプアおよびネグリートの諸言語における音韻推移」や「高地ドイツ語における破裂摩擦音の役割」などの難解なテーマにかんする研究によって、言語協会の学問的な面が強調されたことは否定できない。だが実際のところ、協会の第一の目的は、世界の支配的な言語としてふさわしいと全会員が考える言語の理解を促進することだったのであり、その言語とは彼ら自身の母国語を意味した。 (『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』 pp.9
5-6、1857年11月5日、辞典編纂決定時の認識)
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