妊娠 [まったく根拠はないよ]
あまりにもふがいない母にハッパをかけているのか
とにかく大暴れです
第1子と比べて、続くつわりといいますか 不調感といいますか
いつまでも体が「異物認定」してしまうのは
この子がダンナさん似だからではなかろうか と思ったり
前へ出る派じゃないけど静かに己を曲げない、さりげなくアクが強い人なので
その遺伝子が伝わっているのかな とか
上の子は 顔立ちも気性もワタシにそっくりすぎて
気持ちがわかりすぎて叱りづらい・・・というときがあるので(※4歳現在)
それも良いな と思います
母はすでに「ダンナさん似ならスレンダー美女になるね!」などとのたまっております・・・
出てくるまでは何とも言えないがな
[今直]
チャゲアスとB'zは 意外と結婚めでたい系の歌が少ない
実は今日は、
「産休を少し早めにとります」と言ったら ある年配のパートの方に
「早いねえ、家近くなったんだからもう少しやるのかと思ったのに」と
(たぶん言ったほうとしては何気ない気持ちで)言われ
「え・・・やっぱり、もっとギリギリまで頑張ったほうが良いの・・・?
調子が悪いことに甘えすぎなのかな、そうなのかな(涙)」と
落ち込んだりで、さっきまでしんどかった
(そんな日にまたダンナさんは帰りが遅い)のですが
「明日は明日、引継ぎのためにやらなきゃいけないことや相談をちゃんとしなきゃ」 と
やっと気持ちを切り替えられてきました
今のハイクのムードのおかげかな ありがとう
お互い電車通勤でもないのに
その日に限って同じ駅で同じ電車を待ってた
という出会いから一緒になったので
たいていの出会い方には驚かない程度に肝は据わっておりますよウフフ
というか オンラインだろうが どこだろうが
異性だろうが 同性だろうが
やっぱり 出会いはひとつひとつが「奇跡」なのだ と思います
やっぱり
「苦手な『もの』は?」 ときかれたのに
「こういう『人』が嫌いだ!」 と列挙する人が苦手だ
嫌いな相手に自分自身の嫌いな面を投影してることに 無自覚なんだろうな
というワタシも そうやって、列挙したい気持ちはやまやまなわけで
以下合わせ鏡
結婚 (というか 「ゆうべのダンナ」やね)
2時3時と 度々目を覚まして、怖い夢と気持ち悪いのと動悸でうめいていると
背中をさすったりマッサージしてくれて、
泣きながらごめんごめん、と謝っていたら
「何も謝ることない、だって誓ったじゃない。
「病めるときも、健やかなるときも」って」
と言ってくれました
節目を大事にしない人間ですが
式挙げておいて良かったな・・・と うめきながら思いました
(※妊娠は病気ではないけど)
あーなるほろ
「永訣の朝」や ジョバンニの言葉だけに限らず
「すべてのひとのさいわいのために」 というのは
賢治の思想のキモとなる言葉なのかもしれませんね
常人には「すべてのひとのさいわい」なんて 大きすぎて重すぎる
とりあえず 自分~身の回りの人の幸せについて願い、行動するところまでは
いけるかもしれないすけど ね
細切れにしか眠れないなあ
動悸がキツイ
緊急帝王切開で出産する夢を見てました
その可能性だって、なくはないんだよな
上から目線の人が嫌、なんて誰でもそうだろうし言うのは簡単だけど
自分も、誰かを下に見て溜飲を下げている傾向がハッキリとある
ので、自分に返ってきそうで怖くて言えない
どんだけ大人になりきれてないの自分・・・ (何千回目かの自問)
と思っていたらなんだかハイカー出産ラッシュじゃないですか、おおお・・・
ときどき小中学生ハイカーさんがポストする
(主に母)親の言葉に ドン退きすることがあります
(すべて真実と思ってるわけじゃないけど)
こういう言動されたら、そりゃコミュニケーションあきらめちゃうかもなあ、
自室にこもってゲームとネットの世界で生きるようになるのかもなあ、とか・・・
ひっくるめて「何気ない発言をすごくよく覚えられているんだな」って
ちょっと怖くて・・・
親からしたら 「その程度のことを根に持って」なんだけど
就学年齢の子どもにとっては 親と学校がほぼ世界のすべてだものな
気にするなと言うほうがムリです
ワタシも 三十路になってもフラッシュバックして 苦しいときがあるし
あとはそこから、どうやって自分の手で
「トラウマのせいにしない、生きかたの道筋」を引きなおすか、なんだけど
・・・難しいよう
産婦人科や保育所に行くと
ここの地域は多国籍(いや多人種か)やのう・・・と思う
病院の窓口で日本語も英語も片言のお母さんも多いので
何か伝達間違いがあったりしないかなーと傍から見てて心配になることもあり
でも、たくましく感じる・・・
授乳ブラのサイズはいつの時点で決定(購入)すればいいのか・・・
前回みたいにハーフトップで妥協すれば良いのか
結局今まで実家にいました
今後は身内に電話より
それこそ、いのちの電話か傾聴ボランティアさんにかけたほうがいいのかな
身内だと、「死ぬ死ぬ詐欺」の繰り返しになっちゃう
自分の命を人質にして、脅迫して
思い通りに操ってるようなものだもんね・・・
「こんな話誰も興味ないだろうな、読まないだろうな」と思っても、
ポイと見えるところに出しておく、それがストックされていくことに意味がある って
感じることがたびたびあるんです
ごくまれに近況を見に来て、過去ログも読み返してくれる知人とか
どこからか偶然たどり着いた人とか
そういう「縁」というのか、細くても「つながり」を切らさないためには
足跡は残しておいたほうがいいんじゃないかな
(で、そうやって書き手単位の過去記事を追っかけていくなら
つぶやきよりはブログ形式のほうが読みやすいんですよね・・・)
悪縁を断ち切りたいから消すんだ、っていう人も多いんだろうけど、
Web上に存在するものが「気軽に消せる」ことが
時々悔しく、寂しく思う者のワガママです、はい
それにしても (これも前言ったような気がするけど)
萌え話をすることはそんなに敬遠されることなんだろうか
そんな圧力が実際あるとしたら とんでもない言論統制だよ・・・
たびたび、あることだけれど
ある日 突然ある人のエントリなりポストなりが ごそっと削除されていると寂しい
前から「ぼっちです」「誰も読んでないから」と仰っていて
そういう意識で書かれていた物だとしても
何もリアクションがないからといって 誰も見てないわけじゃなかったのに
ワタシ1人だけでも楽しんでいたのに
だったら早いうちに何かリアクションしてればよかったのか ああ後悔・・・