[うーん]
不安なひとが ネット上に心情を吐き出すわけ って
何も 間違いない解決策や答えを求めているわけじゃなく
今このときの「ここにいてもいいんだ」という安心感が いちばんじゃないのかなぁ
ワタシもそうして、いっぱい助けてもらったし
(ホントは身近で耳を傾けてくれる人がいれば、いいんだけど・・・)
そして反応する人も 「聴くくらいならば、自分にはできるよ、
居場所を提供してあげられるかもよ」 という人が、やっているわけで
それを外野が 「責任も取れないくせに構うな」 と断罪できるの?
カッコつけて 何もしない理由にしてるだけじゃないの? と思う
話した上で 具体的にこれからどうするかは
ご本人の心が決めるものだ、ってのは みんなわかってるさ・・・
つながりの濃さ薄さは、いろんな幅があって、いいんじゃないのかな
自分はとにかくたっくさん線を引いて・・・というより
色を粘土みたくゴシャっと盛ってから
白や消しゴムでガッサガッサ削って、カオスからカタチを掘り起こしていくみたいな
彫刻っぽいって言えばかっこいいんだけど非効率な描き方しかできなくて
「もっとサラサラ描いてみたいなあ」 と思う
[ヲチスレというやつ]
ほんと 百害あって一利もない場所
嬉々として参加してる人にとっても
「僕は・私は、匿名で顔も個性もないその他大勢にならなきゃ
いじめもできない、卑怯者の意気地なしです!」
って札を誇らしげに首から下げてるようなものなのに 気づいてないんだね
25日のComicCity大阪でトランスフォーマーのプチオンリーがあるので
はげしくウラヤマシイ
秋のトランスファンケットに向けて コツコツねたを書きためておこう
「1人目でも本格的に陣痛始まってから3時間くらいで生まれちゃったんです」と伝えたら
「今度も始まったら早いかもしれないから
陣痛の間隔より、強さと痛い場所ではかって早めに連絡してね。お尻のほうに痛みが下がってきたらね」
とのことでした
検診行ってきました
まーだだよ、と言われました...
義父の喜寿祝いプレゼントの時計が無事届いたそうです
5人の子供たちが全国に散らばって所帯を持ってるので
意見と予算のとりまとめにネット大活躍w
次、我が家が会いに行くのは第2子の顔見せだなー
飛行機代がかからない歳のうちにね!
[安産のお守り的なもの]
水晶と、クリソコラ(珪孔雀石)という石だそうです
不純物が入っているのが普通で、その模様が味がある
というのが自分向きな気がしました
創作方面の仕事にも良いらしい
まあ 気持ちだけでも...

そもそも才能ってものがあるのかないのかわからんけど
せっかく描ける、というスキルがあるなら
それで誰かをちょっとだけ、クスっとでも笑顔に出来たなら、嬉しいね
と、今日差し上げるものを描いてて思いました
あと いい香りとか、いい肌触りのものとか
視覚以外の刺激が あなどれない回復効果があるなあ・・・と
ホントこのごろ感じる
ヘンにスピリチュアルなものに走り過ぎないように気をつけなきゃいけないけど
言葉って 他の動物と人間の進む道を分けたもののひとつで
すっごく大事なツールのひとつではあるんだけど
いくら世の中が進んでも、個人が経験を重ねても
言葉の不全感(言い過ぎた・足りなかった・誤解が生じた・諸刃の剣etc)というのは
どうしてもつきまとうから
美術とか音楽とか贈り物とか、言語外・言語以前の表現方法が
文化として、いつまでもすたれずに必要とされ続けるんだろうな、と思う
個人的に 言葉が不自由なぶんを何かで埋め合わせたい! っていう欲求が
自分に絵を描かせている という気がしてる
まあ あまり埋められてる! とは思ってないけどさ・・・
そんなことをウダウダ考えてるワタシは
苦労知らずの能天気人生歩んでますけどねテヘペロ☆
過去をおだやかに振り返って 「あれもいい経験だった」と思うのには、
たぶん 相当の時間の経過が必要なんだ・・・
重たい食べ物を消化するには時間がかかるように
ひとに苦労を誇ろうとしてるうちは 「ワタシ頑張ってるよね、ね!」と
誉められたい段階というか
「まだ時間が足りなくて、消化しきれてない」感じがする
「苦労」というのが
物差しでも秤でもはかれない、すごくアヤフヤなものなので
とりあえず
「俺は苦労してきたんだぞー!」って 勲章みたいに見せびらかしたり
苦労知らず(に見える人)を蔑んで見るような人に当たっちゃったら
「そんなふうに歪むくらいなら、苦労したくないなあ」と思うし
「いろいろあったけど、今しあわせだなって感じるよ」っていう
おだやかな表情の人に出会えば
「ああ苦労もしてみるものだなあ」 と思える んじゃないかな
[フォロワーさんとかお気に入りユーザさんとか]
自分自身が気まぐれで入れたり外したり始めたり止めたりするほうなので
「あ、減ったな」というのに気づいても 特に何かしちゃったかなとか、考えないです
というか気にしなくなってきた
お気軽にどうぞー
とはいえ やはり「家族も捨てちまえ!」のくだりは
そうそう実行できかねるわけで w
その辺はやはり取り入れられるところをうまく取捨選択して活用していくべきですね
マニュアル本は何でも
そいや、父が今まで山で撮った写真を捨て始めたそうです
「俺が死んだらゴミでしかないからなぁ」って
その父がどうも最近読んだらしい片づけ本を母が見せてくれたんですが
川北義則氏という男性の著者の片付け本で
理論的に「切って捨てる」感じで爽快でした
(他の著書は人生訓やビジネス指南書が多い方みたいですが、そっちは知りません;)
ターゲット読者層が、そろそろリタイアな父世代なので
モノだけじゃなく見栄とか肩書きとか他人への期待とかもバンバン捨てようぜ!
ていう程度のことは触れていますが
ヘンに精神論に走っていなくてわかりやすかったですよ
思えば 学校のいじめも ご近所トラブルも
すごく等質というか 近しい者どうしの中から
「ちょっと浮いてる」程度の行為が目に付いて
それをチクチクつつくことが多いんだなあ・・・