そのカイユボットが、遺言書に、自らのコレクションを、
リュクサンブールに寄贈し、のちにルーヴルにおさめてほしい、と書いたという。
遺言の執行人に指名されていた画家ルノワールは、
カイユボットの死後、作品をルーヴルにおさめるよう 国にかけあうが、
伝統を誇るルーヴルに、当時まだ 今のように
認められていなかった印象派の絵画を、国はおさめてくれない。
しかし、粘り強く戦った結果、このことは国民からも注目を集め、
国は カイユボットコレクションをおさめざるを得なくなったという。
その、カイユボットの集めた印象派絵画が、
現在の オルセー美術館の所蔵品の基礎となっている。
自ら作品を描きつつ、まだ 世に認められていなかった
頃から 印象派の絵画を買い取り 画家たちを支援し、
美術館の基礎となるほどのコレクションを遺したカイユボット。
カイユボットが いたからこそ、今のオルセーが在るのである。
この美術館にとって もっとも重要であると、
オルセー美術館が考える画家―
それが、ギュスターヴ・カイユボットであるという。
画家になってはいるが、カイユボットは、もともと、
不動産業で財をなした父のあとを継ぐはずだったという。
ドガと出会って 新しい絵画を知ったカイユボットは、
印象派の画家たちと交流、自身も作品を創作するかたわら
(『床を削る人々』 は印象派の画家たちからも絶賛された)、
印象派の絵画を買い取るなどして 支援も行う。
印象派の殿堂オルセーにおさめられた、
モネの連作、『ルーアン大聖堂』。
ルーアン大聖堂の正面を描いたこの作品だが、
ひとつの対象を、時間帯を変えて 様々な光の瞬間を
とらえるために何枚も描いたモネらしく、
この大聖堂も 何枚も描いたモネ。
大聖堂の向かいの建物、当時ブティックだった部屋を
春だけ借りて、何枚も大聖堂を描いたという。
しかし、全体像を描かずに 正面だけをとらえたその絵は、
大聖堂を描きたかったのではなく、大聖堂を包み、
大聖堂に反射した春の光を、描きたかったのではないかという。
オルセーは、もともと1900年のパリ万博のために
つくられた駅だった。
建築家ラルーは、フランスのモニュメント的建築である
ルーヴルとの対比に悩み、その結果 オルセー駅を、
エッフェル塔をしのぐ数の鉄骨を使いながらも その鉄骨を隠して
外観を石造りにし、新しい駅舎をパリに溶け込ませた。
駅だった当時のオルセーには 付属のホテルもあり、
370もの客室があったという。
しかし、30年ほどで、オルセーは 駅としての役目を終えた。
廃墟となった駅舎だったが(戦時中には避難場所等にも使われた)、
のちに 歴史的建造物として認められ、美術館として生まれ変わった。
オルセー美術館が 美術館として誕生したのは、1986年である。
もともとは 駅舎だった。
近現代の作品を所蔵しているオルセー。
印象派の作品の所蔵数は世界一である。
最近では、『洗礼者ヨハネ』 のモデルといわれる
レオナルド最愛の弟子サライが、実は 『モナ・リザ』 のモデル
でもあるのではないか、とみている専門家もいるという。
(イタリア人のジョコンダ夫人がモデルである、というのが定説だが。)
さらに、細かく解析すると 『モナ・リザ』 の瞳の中に
LとSではないかと思われる文字らしきものがかたどられており、
それがレオナルドとサライを表すのではないか、ということで
調べている専門家もいるという。
“単なる肖像画” と思われていた 『モナ・リザ』 が
見直されたのは、皮肉にも、盗難に遭ったことが原因だという。
シュルレアリスムの詩人アポリネールが疑われた
(かつてルーヴルで起こった盗難事件の犯人と知り合いだったせいで
疑われたという)この 『モナ・リザ』 盗難、
真犯人は ルーヴルに出入りしていたガラス職人だったというが、
盗難をきっかけに注目された 『モナ・リザ』 が
ルーヴルに戻ると、とたんに専門家の研究対象となり、
その研究の結果から、比類なき絵画であると 位置づけられたという。
ルーヴルが美術館になったのは、ナポレオンの時代である。
1810年、所蔵品のリストが作られたが、
その中に 『モナ・リザ』 に関する記述もあるという。
モデルとなった女性の名、そして 王が4,000エキュで買い取った、ということ。
その金は、レオナルド最愛の弟子サライ(『洗礼者ヨハネ』 の
モデルといわれる)が受け取ったのではないかという。
師が没し、イタリアに帰ることになった彼の、
帰国費用ほどの金額だった、という。
当時は 聖書の物語を描いた絵画のほうが重要視され、
“単なる肖像画” と捉えられた 『モナ・リザ』 は、
さして重要であるとは 思われなかったのである。
フランソワ1世の建てた城にはルネサンス様式のものがあり、
それは レオナルドの助言があってのことではないかという。
イタリア美術、ルネサンス様式に傾倒していた王は、
フランスを ルネサンスの息吹をたたえた国にしたかった、
そのためにレオナルドの助言を必要としたが、
渡仏後3年でレオナルドが没したことにより、実現しなかったのではないか―
というのである。
フランソワ1世が建てたフォンテーヌブロー宮殿に、
『モナ・リザ』 があったという、先週の話の続き。
フランソワ1世が、イタリア・ミラノに攻め入った時、
レオナルドと出会ったという。
イタリア美術に心酔していたフランソワ1世が、レオナルドを
フランスに招いたという。
しかし、フランスに来てから、レオナルドが絵を描いた記録はない。
レオナルドは フランスに来た時、自分の作品3枚、
『洗礼者ヨハネ』(レオナルドが最後に描いたと言われる作品)、
『聖アンナと聖母子』、そして 『モナ・リザ』 を携えていたという。
『モナ・リザ』 を、王が フォンテーヌブロー宮殿の
浴室で鑑賞していたらしい記録が残っているというが、
フランスに来て3年で没したレオナルドが 終生手放さなかった
この絵が、どういう経緯で王の手元に、ひいてはフランスに残ったのか。
今回は90分スペシャルです。
先週から引き続いて、フランスの美の殿堂、
ルーヴル美術館とオルセー美術館特集です。
おはハイク的ございます(゜ω゜)ノシ
もっと早くから起きてたんですよ、もっと早くから。
明日は昼から雨の予報@大阪 なので、
すでに日曜日のつもりにしている予定は しかたがないとして、
ほかの用事(特に、自転車で出かける系)は、
今日 済ませようと思います。
今日は午後から、なぜか いつも以上におなかがすいて
しかたがなかったため、夕方ビッグマックセット食うたったー

こまかい物をちょっと片づけたり、
晩ごはん食べたり、テレビ見たりしてたら、
忙しかった訳じゃないのに、
ハイクにくるのが いつの間にか こんな時間になってました。
さて、とりあえず土日は休みー
ということで今日もお疲れさまです!
今日行けば 休み!
おはいってきます(゜ω゜)ノシ
そうだったのですか!
監督自身の経験も織り込まれているとは、
知りませんでした。
上映時間が結構長いですし、もともと「相性が悪い」、
ということがありますと、簡単に“おすすめ”とは
言えませんが(トリアーですものね、トリアー…)、
でも それで言うと 『アンチ・クライスト』 のほうが
より “おすすめできない” 感じで、『メランコリア』 は
トリアー作品の中では まだ 比較的見やすいほうかと…
あくまでも、私見なのですが(´ー`)
大阪市内の 『メランコリア』 の上映は、
土曜日以降は 朝10時の回のみとかに
なってしまって、それだと平日行けないし、
でも 土日に行くと サービスデーに当たらなくて
定価で見ることに なってしまうので、
映画の日で1,000円になる 3月ついたちに、
いそいで見に行ったのだった…。
【分散してくれ】
2月は、なんか知らんけど、
見たいと思う映画の公開本数が、やたらと多かった。
趣味の物とかでなく、どうしても必要な物
だったから しかたないんだけど、映画のほかに、
2月は 自分にとって大きい出費があったから、
見たい映画の公開が 何本も重なると
たいへんだったよ、財布的に。。。
なので、2月に見た映画は どれも、
サービスデーや映画館のカードを駆使して
安く見に行ったけど(まぁ いつもだけど)、
それでも見る本数が いつもより
かなり多くなってしまって きびしかったです(・ω・)
もっと 分散さして公開してくれ(・ω・)
【今週見に行った映画】
ラース・フォン・トリアー監督作品、
昨年のカンヌ国際映画祭 主演女優賞受賞作品、『メランコリア』。

昨年、同じくラース・フォン・トリアー監督の
作品である 『アンチ・クライスト』 を見た時、
正直、“見なくてもよかった…”、と思いました。
『アンチ・クライスト』 は、
こんな映画トリアーしか撮れへんわ、というような
映画です(あくまでも私の見方ですが)。
一方、この 『メランコリア』 は、美しかった。
今までに見た この監督の作品の中で、
これがいちばん好きだ、と思いました。
たとえば、本人は脚本を書いただけで 違う人が…[全文を見る]
【今週見に行った映画】
シャーリーズ・セロン主演、『ヤング≒アダルト』。

なんというか、まぁ でも、ある意味
なんか わかるわー、みたいな映画。
あれほどの美人女優が よくぞここまで、
というような役柄ですが、しかし そんな役でも
シャーリーズ・セロンが演じてたら 結局きれいだけど。
この手の映画のオチとして、主人公が
最終的に “改心” する、というのが ありますが、
この映画の主人公の場合は、まったく改心しないので 好きです。