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花うさぎのことを語る

  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 8-----
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     そのころの上得意はある組の役職もついた構成員だった。年齢は一回り上、顔に奇妙な痣のある大男で自身を不細工だとよく嘲った。俺はそう思わなかった。いや、そういうことを気にしないのだと教えられた。
     男が俺の前に専属にしていたのは卒寿を迎えようとする古老だった。さすがに最近は年に一遍もないくらいでだいぶ間が開いた、よろしく頼むと頭を下げられた。
     ともかく依頼が変わっていた。何世紀のなんという夢使いがこういう伎を残していてそれを真似ても…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 7-----
  •  一緒に暮らしはじめて半年たったころにはもう、彼に抱かれることを期待するじぶんと折り合いをつけはじめた。明け方に仕事を終えて家に辿りつくと彼が玄関で待ち構えていた。服を脱ぐ間も厭うほど互いに欲しがった。今でも、仕事のあとはどうしても欲しくなる。
     他の時であればどちらがどうという役割ではないはずが、いや、あのころはむしろ俺が積極的に責めていたのに「あがない」のあとはそうではなくなった。
     はじめて後ろだけで達したときのことは嫌でも憶えて…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 6-----
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     端末が鳴る。じぶんの鼓動を聞く。息の狭まるのを感じる。あなたの無事を確認したいと不安がるおれをけっして知られてはならない。
     あの事件の前から自分に強迫観念があるのは知っていた。初恋のひとが他の男女と寝ているのを黙って受け入れることしかできなかった。おれよりもあのひとを悦ばすことができる相手がいる。その現実は幼いおれをいたく傷つけた。
     あなたに告白したとき、おれはほぼ無意識に「そのこと」について触れた。いや、言わないでよかったこ…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 5-----
  •  あなたはもうホテルだろうか。シャワーを浴びてすぐ端末に手を伸ばす。ひとりだと風呂に入らない。食事も適当になる。なにもかもが味気ない。そして、不安だ。
     海外研修中に文字通りの意味であなたを失いそうになった。
     始まりも不穏だった。ひと月という約束だったため相談もなくOKした。はなしを切り出してすぐ、あなたは眉をひそめた。それまでおれの仕事に何一つ文句をつけないひとだった。きゅうに出張しようが何日も家をあけようが不機嫌になったことはない…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 4-----
  •  丸い湾の遠くに釣船が行き来している。潮のにおいが淡い。波のない、とても穏やかな海だった。
     砂浜に腰をおろして端末をとりだす。無事ついたと連絡を入れていなかった。彼は仕事だろうが列車の到着時刻は知らせてある。メールの着信履歴をひらくとご当地美味いもの尽くしで埋められていた。その手のことを何も下調べしていないとお見通しらしい。いや、たんなる土産の催促かもしれないと思い直し、依頼人は想像よりずっと元気そうだったことを知らせた最後にどれが目…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 3-----
  •  依頼人はわたしの顔を見てすぐに笑顔になった。顔色は悪くない。ベッドの横にいたのはご家族ではなく、ご友人のようだった。お邪魔になっては悪いとかんたんな挨拶だけさしあげて後程また参りますと一礼した。
     病院を出てどこに行っていいものかもわからず、自分はこの街のことなど何も知らずに来たのだと思い知る。いや、そもそものところ、名前しか知らなかった場所にいるのだと。
    バス停の時刻表を眺めてみるが行く宛てもない。名所旧跡を巡る気分でもなかった。と…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 2-----
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     はなしを戻す。
     あなたはあの日、結婚式場でほんとうに初めて彼女をちゃんと見たとでもいうような顔をした。それはきっとおれの心得違いではないはずだ。あのとき彼女はあなたとおれを見た。そしてあなたの感嘆ぶりにたいそう優しく穏やかに微笑んでみせた。それはこれから嫁ぐ花嫁らしい初々しさとは程遠く、まるで慈母のごとき微笑みだった。まして師匠はといえば、じぶんの妻と弟子とおれの三人を並べわたして眺め入り、しまいにおれと視線を合わせて肩をすくめ…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「夢の花綵(はなづな)」夢うつつ夢うつつ 1-----
  •  あれはもう何年前のことになるのだろう。
     あなたは彼女の投げたブーケを受け取った。笑顔の同級生たちに囲まれながら、戸惑いがちな表情で花嫁を見つめ、そのいたずらっぽい微笑みに促されてようやくそれをしっかりと胸に抱いた。
     
     その夜に、あなたはおれに新しい家を探したいと申し出た。申し出た、というようなふうだった。あなたらしく、とても生真面目な態度で。
     あなたの親御さんの残してくれた遺産や保険金をつかえばそれなりのマンションが買えると口に…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「その夢、咲き初めしころ」若い男-----
  •  秋晴れの連休の日、せっかく大学生活を満喫してたのに母が帰って来いとうるさいから地元に戻ってきた。なんのことはない。お茶会の手伝いをさせられただけ。地元の人気取りに使われた。ご機嫌伺いにどうせこのあとあたしの好きな店が予約されてるし何か買ってくれるにちがいない。それは構わない。けど、いちど好きだといったら父はそこばかり。美味しいけど、今日みたいな日は気の張る店で食事より、家でゆっくりしたいのに。でもお店に悪くて断れない。母は母でじぶんの好き勝手に…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「その夢、咲き初めしころ」喪服-----
  •  制服をきてくるべきだった。あたしは一瞬だけ後悔した。みな制服をきていた。高校のクラスメイト、そしてクラス委員同士、そのご両親の葬儀でのこと。
     あたしは本来ならまとめ役をしないとならない立場だったけどその日はお稽古の発表会があった。それで仕方なく従兄に車で送ってもらい母のいうとおり喪服をきてお通夜にでた。
     ひとの視線には慣れている。あたしはこの土地の全域をおさめていた一族の末裔だ。家屋は文化財に指定され近くの社は我が家の先祖が奉献し裏山にある山城…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「その夢、咲き初めしころ」贐(はなむけ)-----
  •  あの子の両親が亡くなった日、己はあいにく仕事で遠出していた。電話の声は落ち着いていた。落ち着きすぎていたくらいだがそれをあえて指摘しなかった。そのかわり、うちに来い、といった。来るかと尋ねず、お前を引き取るから家に来いと命じた。あの子は弟子らしく殊勝な声でお世話になりますとこたえた。己はそれ以上なにも心配しなかった。それどころかこれでようやくあの子は一人前になれると慶んだ。
     本来ならばもっと早くに独り立ちさせてやるべきだった。だが世間と…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「降りしきる花と見まがう夢」はつ恋 2-----
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     あのひとは、わたしとママの一悶着になんとなく気づいた。それなのに何もいわなかった。遠慮していたというよりも自分のことでていっぱいなようだった。しかもそれを愧じていた。わたしにすらはっきりわかるほどに。

     かわいいひとだとおもった。じぶんの何倍も年上のひとだけど、いとおしかった。わたしが甘えて泣きついたときもひたすら困惑していた。でも撥ねつけたり嫌がったりしなかったからそこにつけこんだ。

     さびしそうにしていた。ちょっとした物音にすぐ反…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「降りしきる花と見まがう夢」はつ恋 1-----
  •  夢のようなひとが、わたしの目の前にあらわれた。夏の昼下がり、清冽な白い花が降るように。光を遮るほどの薫香とともに。

     あれは父親との面会日、小学生最後の夏休み、その日は朝から気持ちがざわざわした。パパのことは好き。ママよりも実はずっと好き。一緒にいないからだってことくらい想像できた。しかもママはわたしがパパのほうを好きだってわかってる。だからこそなんていうか、すごくめんどくさい。ママはわたしが喜んでも面白くないし、かといっていやいや会うの…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「降りしきる花と見まがう夢」sentimental journey-----
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      ケータイを友達の家においてきた。本当なら現金をありったけ引き出してカードやその他も破棄してしまいたいくらいだった。そこまでしては自殺する気かと疑われそうでやめた。
     死にたいわけじゃない。
     ただ、どこかへ逃げ出したかった。
     とはいえ何もかも捨てていちから人生をやりなおす気力もない。そういうはなしでもない気がする。あたしは仕事でそれなりに成功している。「居場所」をつくった。ただそこさえも今、めんどうくさいことになっている。

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「降りしきる花と見まがう夢」tea or coffee-----
  •  おれの恋人は早朝、きゅうな呼び出しで家をでていった。彼女へ挨拶もなく。消耗してるだろうから寝かせておいてあげてとだけ言い残し、あとで電話するとおれの耳に囁いて。引っ張られた癖毛をかきあげて背を覆う黒髪を見送った。掴みよせてくちづけようかと悩んだがやめた。遅らせたくなかった。
     ああいう顔のときは「仕事」にしか意識がない。重要な呼び出しだとは理解した。だからといってほっておかれるほうの気持ちにあまりに頓着しなさすぎると思ったが、それだけ信…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「降りしきる花と見まがう夢」彼と彼女と夏の夜-----
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     出ていけって怒鳴られたから出てきた。今夜泊めて。妻に手をあげるなんて最低。別れるわ。
     そう言った彼女の頬は白く綺麗なままに見えた。ところが、おれの恋人は茫然自失といった顔つきでその場に立ち尽くした。しかたなくおれが彼女の荷物をもって部屋へと招き入れた。彼女がサンダルを脱いでからも、このひとはあらぬほうを見ていた。
      立ち働くことを少しも厭わないひとが動けないでいるのを見過ごせない。だが今は、離婚の危機とやらを迎えているらしい彼女…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」10-----
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     いま海外のホテルの一室でこれをかいている。実をいえば毎晩少しずつ書き溜めてきた。あの日いつもの倍の荷物をみた瞬間、嫌な予感に血の気が引いた。あいつは何食わぬ顔で搭乗チケットとパスポートをさしだした。高いところは死んでも嫌だと言っておいたはずだと囁いたが無駄だった。あたしのために命くらい賭けてよと微笑まれた。そうまでせがまれて昨夜あれだけ睦み合ったあとに尻尾を巻いて逃げ出せるはずもない。

     はじめて海外公演を観た。海を背にした野外劇場に直線裁ちの…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」9-----
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     己はいちばん大事なことを妻に言わなかった。そして言わなくていいことを口にした。まさかそれがあんなにあいつを縛り追いつめるものだとは考えもせず。
     それだけならまだしも。
     あいつにそんなにまで想われていたとは気づかなかった。己は家を出るための理由にすればいいと申し込んだ。周囲に文句は言わせない、己ならそれが出来ると。しばらく考えさせてほしいと言われたがそれから毎週押しかけた。嫌な顔をしなかったので家にもあがった。その間どこかでこの関係が長続きするは…[全文を見る]

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藤の花弁は

顕微鏡にうごめく夜光虫
とりとめない輪郭と
たよりない光

だが群れをなせば
それは明るい五月を拒絶する一枚の岩盤になる

そのしたには
そのしたには

天地と遠近が一瞬で狂う
イリュージョンが待っている

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」8-----
  •  ようやく立ちあがった己へときみは帽子がよく似合うねと微笑んだ。やけに悠長なものいいだった。わけがわからなかった。しかたなくはなしの流れを遡ってみることにした。
     大戦前後の夢使いへの苛烈な差別、戦中の強制労働といったあれこれを爺はすすんで話すことはなかった。むろん常識の範囲では教えられた。だが当事者として語ったわけではない。容易に口に出せることでもなかっただろう。田舎には来ないと言ったが大学をはなれる前にどうにかして爺と引き合わせるべきではないかと考え…[全文を見る]